第104話

「……よう、お帰り。いい男になって帰ってきたじゃんか」


 それから少しして、『ハッピーマート所橋一丁目店』に戻ってきた正臣を見るなり、浩介は大きく噴き出してしまいそうになるのを何とか堪えながら出迎えた。そんな彼の言葉に「冗談きついですぜ、新本のアニキ」と不貞腐れながら答えた正臣は顔も髪もユニフォームも土埃まみれだった。


「さすがにこんな格好じゃ何ですんで、新しいのに着替えてきやす。そういや天野ちゃんは? まだ裏にいるんですかい?」

「いや、とっくに帰ったよ。いい感じのワラ人形が見つかったとか何とか言ってたけど」

「そうですか。それじゃ着替えて……」

「あんた、朝倉さんと知り合いだったんだな」


 バックヤードに入ろうとした正臣の背中に向かって、ふいに浩介が尋ねてくる。思わず一度大きく肩を震わせてしまったが、それも一瞬の事。すぐに落ち着きを取り戻した正臣は肩越しにちらりと振り返りながら、「ええ、まあ……」と答えた。


「ガキの時分、ちょっと悪さをしてましてね。その時からの知り合いでさ」

「ふうん。あの人、元警察官だったって言ってたし、それでなんであんたに絡むんだって思ってたけど、やっぱりそういう感じだったか」

「新本のアニキは、あのじじいとはこの店で?」

「互いを認識して、ちらちら話すようになったのはつい最近だな。初めて顔を合わせたのは、今よりもうちょい前になるかな」

「何で?」

「俺にもまあまあほろ苦い経験の一つや二つあるって事だよ。引き止めて悪かったな、早く着替えて来いよ」


 ひらひらと片手を振りながらそう言う浩介に、正臣は少し気になった。


 思えば、浩介の事についてほとんど知らない。成り行きで小百合や翔太郎の苦々しい過去に触れ、少なからずその解決に手を貸す事になったが、そういえば浩介に関してはまだ一度もそういった話をした事すらなかった。


 機会がなかったといえば、嘘になる。実際、仕事の合間に正臣が自分の好きな仁侠映画の話をすると、浩介は揶揄する事なく付き合ってくれたし、何だったら「俺はバトルファンタジーものが好みかな」と返してくれた事だってある。こうやっていくらでも聞き出すタイミングなどあったというのに、何故か浩介の口から自身の過去についての話を聞いた事がなかった。


 極道も裸足で逃げ出すほどの悲惨な過去を持っているのか、それとも話すに値しないほど凡庸でつまらない人生だったのか……。いや、もしかして俺と同じで敵対組織から身を潜めて潜っている最中なのか……⁉


 そこまで考えた正臣だったが、途端にバカバカしく思えてすぐにその考えを打ち消した。そんな事ありえない。いくら店長さんがどんなに懐の広い女性だとしても、堅気の店に自分と同等の厄介者をそう何人も匿えるはずがないだろうと。


 ほろ苦い経験だなんて言ってるが、きっと大げさに答えただけだろう。そう結論付けた正臣は、もうじき納品されてくるであろう深夜便の搬入在庫を確認している浩介を見てから、バックルームの中へと引っ込んだ。

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