第103話
「しかし、懐かしいもんだなあ。初めて会った時、お前はまだ中坊だった。腹を空かせて万引きしようとした上、止めようとした俺に向かっていきなり殴りかかってきたもんなぁ? 根性だけはあるもんだと感心したぞ?」
「あん時の事は、昨日の事みてえに思い出せるぜ……。そのいたいけな中坊に向かって、砂利混じりの石つぶてを何の躊躇もなく投げ付けてきたポリ公の顔はよぉ!」
「なぁにがいたいけな中坊だ。本物のいたいけな中坊っていうのは、高校どころか中学もまともに行かなかった挙げ句、渡世に身を落とすような事だけはしねえんだよ。『千人殺しのマサ』なんて呼ばれて、いい気になりやがって」
「何だと、こら! いつまでもあの頃のガキのままだと思ったら、大きな間違い……」
先にも述べたが、渡世の中で永岡正臣という男を知らない人間など皆無に等しい。それだけ、相良組に入った後の正臣の働きは尋常でないほどにすさまじく、三十三歳という年で若頭を務めてなどいない。
智吉も昨年度までは警察官だったのだ。例えずっと交番勤務のしがない巡査部長であったとしても、相良組の永岡正臣、人呼んで『千人殺しのマサ』という名の男の存在は何度となくその耳に入った事だろう。万引きばかり繰り返していた中坊のクソガキが、今や大きな極道組織の若頭。いつしかその姿を見なくなったのだから、自分の出世に恐れおののいて逃げたのだろうと、正臣もいつの間にか智吉の存在を忘れかけていたのだが……。
「……ん? 何か言ったか、正臣? ほれ、もう一回言ってみろ」
「いてててて! この野郎、いつの間に⁉」
今度こそ強烈な一発を食らわしてやろうと智吉の方を振り向いたつもりだったが、気が付けば正臣は彼の足元に組み伏せられ、地面に頬を擦り付けてた。殴ってやろうと振り上げていた右腕は簡単に取られ、左腕の方へ背中越しに無理やり捻られて強烈な痛みが襲う。
「てめえ、朝倉! 不意打ちの合気道なんざ卑怯だぞ‼」
「お前こそ、か弱い年寄りに不意打ちばかりやらかそうとするんじゃねえよ」
「どこがか弱い年寄りだ、鏡見た事ねえのか⁉ てめえがか弱いなら、こっちはアイドルだって言っても通るわ‼」
「……正臣、お前マジで冗談がうまくなったな。うちのクソ真面目過ぎる孫にも見習わせてえくらいだ。そうだ。今からでも遅くねえから、相良組なんぞ抜けてアイドル目指せ」
「てめえ、お互いいくつになったと思ってんだ⁉ 年相応なボケかますんじゃねえ、ちょっと心配になるだろうが‼」
「お、心配してくれるのか? お前が? 俺を? 三十路過ぎて、ずいぶん丸くなっちまったなあ? さっきもまさかのトングで襲ってきたしなあ?」
「このクソじじい~! ああ言えばこう言いやがって~~‼」
公園の外灯の中、ぎゃあぎゃあといい年をした男と年寄りが組み合いながら騒ぐ姿は実に滑稽であり、公園の前を通りすがった若いカップルが「ねえ、あの人達何やってるのかしら?」「ほっとけよ、あんな奴ら見たらバカが移るぜ?」と使い古されたテンプレな会話を繰り広げるのも必至であった。
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