第102話
「……全く、いつまで痛がってやがる? 『千人殺しのマサ』の名が聞いて呆れるぜ」
「このクソじじいが。
「お前がわしを仕留める? しばらく会わない間にずいぶん冗談がうまくなったなあ、正臣」
からからと笑いながら、男は正臣の頭を鷲掴んで、そのままぶんぶんと振るように撫でる。いつまでも二十年以上前の悪ガキ扱いをしてくるこの男を、正臣はやっぱりこの世で一番うざってえと思いながらぎりぎりと強く歯ぎしりをしていた。
呆気に取られている浩介を尻目に、「ちょいとこの悪ガキ借りてくぞ?」と言いながら正臣の首根っこを捕まえた男は、そのままずるずると『ハッピーマート所橋一丁目店』から少し離れた公園の中のベンチまで引っ張っていく。見た目は年相応のじじいになっているのに、腕力だけはあの頃のままだと思うと、正臣は悔しくて仕方なかった。
「まさかてめえが、あの店の常連だったなんて……この俺とした事が迂闊だったぜ」
「ははっ。普段はお前ら夜勤が帰った頃に行ってるからなぁ。お前が気付かなかったのも無理はねえよ」
ふてくされた顔でベンチに座る正臣のすぐ横で、男が楽しそうに笑いながら言う。この話し方も昔とちっとも変わってないことが余計に腹立たしくて、正臣は「けっ!」と悪態をついた。
男は名を、
警察官といっても、花形とも呼べる捜査一課やSWATなどといった特殊な舞台にいた訳でもない。彼は自らの信条として「地域密着型」「すぐに誰の役にも立てるように」といったものを立てていたので、新人の頃から定年に至るまでのほとんどを交番勤務に費やした。当然、巡査部長以上の階級に上がる事もなく、退職の際もさほど騒がれる事なく静かに警察署を去ったのである。
だが、そんな智吉にもたくさんの後輩達がこぞって次の世代へと語り継いでいる伝説がある。それは……。
「俺がそんな冗談言うと思ってんのか?
「へっ、よせやい。この年になってそんな通り名は恥ずかしいってもんだ」
「全く衰えてねえ投げ込み見せといて、よく言うぜ。その名は
正臣がそう言うのも無理はない。警察官時代の智吉には確かに『万人仕留めの智吉』という通り名があった。その名の由来はすなわち、あらゆる事件の犯人に対する検挙率の高さだった。
元野球少年だったという智吉の肩の強さはかなり強く、しかもコントロールは抜群であった。その能力は、交番勤務のしがないいち警察官で終わるはずだった彼の働きを充分に助けるものであり、様々な事件において逃走や抵抗を働く犯人に向かって彼が行ったのは拳銃を抜くのではなく、手近にあった小石を拾ってそれを狙った位置の通りに投げてはぶつける事だった。
拳銃を撃つよりも正確に当てられる上、必要以上の怪我も負わせる事なく犯人を逮捕する。その検挙率の高さと、いくつもの手柄を立てるのに出世にはこれっぽっちも興味を示さない智吉の存在は、警察だけではなく悪事を働く者達の間ですっかり語り草になり、やがて『万人仕留めの智吉』などという通り名ができてしまった。正臣が智吉と出会ったのは、ちょうどその頃の事だった。
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