第100話

「今、俺の第六感は冴えに冴え渡っていて、ずっと警告してくるんですよ。あの兄ちゃんだけには絶対に近付いちゃならねえし、お嬢にもこれ以上関わらせちゃいけねえと!」

「へえ。じゃあ、具体的にはどんな?」


 浩介は自分に向けられているトングの切っ先にひるむどころか、まるで何でもない事のように素早く奪い取り、元あった定位置へと戻す。そして「トングをおもちゃにするなよな」と言いながら振り返れば、そこには苦虫を嚙み潰したかのような顔をした正臣の姿があった。


「それは、うまく言えやせん……」

「何だそりゃ。結局あんたは、妹分に近付いてくる野郎が気に入らないだけだろ? 天野まで巻き込んで大人げない真似をするのはやめとけよ」

「……っ、うまく言えないのは俺に学がないからで、あいつが何か隠している事だけは間違いねえんだよ‼」


 正臣は今、生まれて初めて己の頭の悪さを後悔していた。


 極道に生きる者なら、腕っぷしの強さと気風の良さ、後はどんな厄介事にも乗り越えて生き残っていける運さえあれば、それでいいと思っていた。だから以前までは「これからはビジネスにもしっかり関わっていかなきゃダメだ」と豪語する優也の考えが分からなかったし、理解しようとも思わなかった。


 だが、この『ハッピーマート所橋一丁目店』に来て、曲がりなりにも堅気の仕事をこなしていくようになってから、前よりも自分の視野が広くなったような気がしている。堅気さんがどのようなブツを望むか。それらをどのような配置にしておけば、どれだけの売り上げに繋がっていくか。ただ、ブツを渡して金を受け取るだけのいつもの取引と違って、いかにうまく質や味の類を説明する事で堅気さんが満足して買っていくのか……正臣は何も知らなかったのである。


 だからこそ、今の自分の気持ちをうまく浩介に伝えられないのがひたすらもどかしい。朝倉聡一郎と向き合った時に感じた、あの類を見ない異様な雰囲気。あの若さでそれを纏うなど、それこそ優也ほどの実績と修羅場を潜り抜けていないとあり得ない。


「と、とにかく俺は天野ちゃんと一緒で、お嬢があいつに惚れてるのは断固反対なんです! お嬢にはもっとふさわしい男がきっと……て、おい! 新本のアニキ!」


 どうにかその言葉だけを振り絞りながら言い切ろうとした正臣だったが、その相手となる浩介はもう彼の正面に立っていなかった。それどころか営業スマイル満点で、この時間に来るにしてはかなり珍しい相手の接客をしていた。


「いらっしゃいませ、朝倉さん! どうしたんですか、こんな時間に?」

「いや、何。テレビのリモコンの電池が切れちまってな。単三電池はどこにあるんだ?」


 正臣の全身がびくりと震える。決して聞き間違いなどするはずもないその声に彼が勢いよくレジカウンターの向こうに目を向けると、そこにはかつて若かりし頃の正臣が最も苦手としていた男が立っていた。

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