第99話
「……クソが。国家の手足に過ぎねえお役所勤めの堅気野郎が、この俺になめた態度を見せやがって……! あれ以上お嬢に近付いたら、こいつと同じ目に遭わせてやる……!」
「あんたなぁ、とりあえず物騒な顔で物騒な事を言いながらチキン揚げるのやめろよ。まずそうに仕上がりそうだろ」
その日の夜。今日も張り切って夜勤の仕事をこなそうかと意気込む新本浩介であったが、傍らでずっとぶつぶつ呟きながらファーストフードの準備をしている正臣に、もう何度目になったか分からないため息を吐いた。
来店者数も昼間に比べればだいぶ少なくなる時間帯に差し掛かったので、店内に流れるBGMや、フライヤーがバチバチとチキンを揚げる音がより鮮明に響いて聞こえる。ゆえに、正臣本人からしてみれば相当な小声のつもりであったとしても、その呪詛のようなつぶやきは浩介の耳元にまではっきりと届いてしまうのだ。もちろん、バックヤードの中にいる者の声も然りであった。
「雫さん……? ただのお客さんってだけのくせに、どういうつもりで気安く雫ちゃんの名前呼んでんだよ、あのイケメン……。絶対許さないし、認めるもんか……。どこか、どこかで売ってないのかよ、ワラ人形とか五寸釘はぁ……!」
天野の奴、まだスマホとにらめっこしてんのか。この人もわざわざ余計な情報を伝えやがってと、浩介はいらだちを全く隠そうとしない表情のままの正臣を見やった。
正臣と翔太郎は、つい先ほど『雫ちゃんに迫るイケメンを追い払い隊』などと実に分かりやすくて幼稚なネーミングのチームを結成したばかりである。翔太郎が頭脳担当、正臣が実力担当といった形で役割を取り決め、朝倉聡一郎対策に向けて考えをまとめようというところまで話は進んでいる。だが、浩介が見る限り、どうやら翔太郎はスマホの通販アプリで何か怪しげなものを探しているようだし、正臣に至っては今すぐにでも店を飛び出してとんでもない事をしでかしそうだ。
浩介は再びため息をつくと、やや乱暴にチキンを商品棚のトレイの上に並べている正臣の背中に向かって「なあ」と話しかけた。
「天野はまだガキだから仕方ねえところもあるだろうけど、あんたはもういい年した大人だろ? 別にいいじゃねえか、小泉に男ができたって。かわいい妹分の恋の一つや二つ、応援してやろうって気にならねえのかよ?」
「……新本のアニキ。俺だって相手があんな得体の知れねえ兄ちゃんでなかったら、そうしてやりてえのは山々なんでさあ!」
手にしていたトングを拳銃を構えるように持ち直し、その切っ先を浩介に向けながら正臣は低い声で言葉を続けた。
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