第93話
「……そんなん、100%の確率で好きな男に決まってるだろ。にぶいな、お前ら」
数時間後。夜勤の休憩に入った浩介が開口一番にそう言った事で、彼のすぐ目の前にいた正臣と翔太郎は同時にがくりとうなだれてしまった。
「や、やっぱり、新本さんの目から見ても、そう思いますよね……?」
「に、新本のアニキ! そこまではっきり言わなくても……せめてもう少しオンラインとやらに包んで下せえ!」
「オブラートな? それじゃ包むどころか、全世界にたれ流しになるだろ」
浩介がそう突っ込むも、なかなか強いダメージを受けてしまっている様子の正臣と翔太郎の耳には届いていない。二人ともその両目に涙を滲ませ、この場にいない雫に向かって愚痴をこぼしていた。
「……お、お嬢。いつの間に俺に黙って男なんか作ったんですか。『大きくなったら、マサのお嫁さんになってあげる』と言って下さるくらい、あの頃は厚い信頼を寄せてくれていたのに……!」
「あの頃って、そんなのは雫ちゃんが保育園くらいの話でしょ。大事なのは今現在の話で……何で、何でだよ、雫ちゃん。あんなぽっと出の、ちょっと顔が良くて背が高くて、礼儀正しいくらいの男の、いったいどこが……」
自分達が口にしている言葉が、ますますその首を絞めている事に自覚を得たのか、正臣と翔太郎はさらに揃って落ち込む。そんな二人に向かって、浩介は長くて重いため息を吐いた。
「話を聞く限り、その客なら心当たりあるかも。たまに夜中に夜食を買いに来る兄ちゃんがいるんだけど、いつもていねいにお礼言ってくるんだよ。
「に、新本のアニキィ……」
「うぅ、雫ちゃん……」
浩介のその言葉に、翔太郎はもちろんだが、正臣もガチの男泣きをしたくなってくる。実際、あの男が帰った後の雫の手の平返しは、二人の心をこれでもかと言わんばかりに抉った。
『やっぱり、これもらっとくね? ほ、ほらっ! やっぱり従業員としては、新商品の味や説明をお客様と共有できなきゃ意味ないし?』
勤務が終わった午後十時。まだバックヤードの机の上に置かれていたチョコシフォンケーキを見ると、雫はそう言いながらそれを手に取ってしまった。
出勤前の事などすっかり忘れているかのような雫の言動にもショックだったが、正臣と翔太郎がそれ以上の強い何かを感じ取ったのは、そのチョコシフォンケーキを見つめている雫の顔を見てしまった時だ。
二人同時に、「これは間違いない」と思った。チョコシフォンケーキに向けている雫の眼差しが、あの男の背中を見送っていた時と全く同じ愛しさに溢れていた事に気付いてしまったのだ。
だが、それでも何とか拒絶したくて、誰かに「そんな訳がない」と否定してほしくて、二人は藁をも摑む思いで浩介に話したのだが……結果は見事に撃沈となった。
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