第83話

「ほ、ほんの一部って……あの大変な仕事が?」


 正臣に見張られて掃除をしていた男がそう言うと、乙女は待ってましたとばかりに「大変って言ったわね?」と言葉を返した。


「そう、大変だったでしょ? ひと昔前ならいざ知らず、今はお客様のたくさんのニーズに応える為、コンビニの仕事は年々増加しているの。それを限られた人数と時間内でこなしていく事がどれだけ大変か、少しは分かってもらえたかしら?」

「ぐっ……」


 乙女の口調は先ほどから全く変わっていない。だが、正臣や浩介のものとは質の違う圧を浴びせられて、三人組は何も言う事ができずにブルリと肩を震わせた。


「確かにあなた達の言う通り、コンビニの仕事は誰でも簡単に始める事ができるわ」


 そんな彼らをしっかりと見据えながら、乙女はさらに話を続けた。


「だけどね、誰もがずっと続けていけるような簡単な仕事でもないの。数多の業務を頭と体に叩き込んで、お客様のご要望に極力添えるように全身全霊で働く。そこらの大企業にだって決して負けてないし劣ってもいない、素晴らしい総合職とも言えるわ。それに適した人材だけがコンビニの仕事を何年も続けていけるし、少なくとも天野君はうちの店の大事な戦力になってくれているの」

「そ、そんな……。俺達にいじられっぱなしだったあいつが……」

「今の天野君は、もうあなた達の知っている頃の天野君じゃないわ」


 そう言うと、乙女はデスクの引き出しから三通の封筒を取り出すと、それを彼らの前に順番に置いていく。彼らが同時に首をかしげると、乙女は「さっきの一時間、働いてくれた分のお給料よ」と言った。


「手に取って、その重みをしっかり感じなさい。親御さんから気軽に受け取るお小遣いなんかよりも、ずっと重たく感じるはずよ」


 乙女のその言葉に、三人はゆっくりと息を吐きながら、それぞれ封筒を手に取る。一時間分の給料なんてたかが知れている、こんな安い時給で誰でもできるような仕事をやってるコンビニの連中なんて底辺だとほんのついさっきまで思っていたのに、じゃらっと小銭が擦れ合う音を立てる封筒を両手の中に収めたとたん、三人の両目にじんわりと涙の膜が浮かんだ。


「あ、あの……」


 少しの間を置いて、女が口を開いた。


「さっきの、男の人達って……もう帰っちゃったんですか?」

「ええ、そうね。新本君も永岡さんも夜勤担当な上、あなた達の面倒も見させちゃったから、もう寝かせてあげないと」


 乙女が答える。


「夜勤は、あなた達が働いてくれた仕事よりもっとハードよ? あなた達がのんきに徹夜でカラオケをしている間も、うんざりするほどたくさん届く商品を並べたり片付けたり、朝になるまでに店内の清掃を済ませたり……言い出したらキリがないほどの仕事をこなしているの。そうして次の時間に働く天野君にバトンタッチして、天野君はまた夜に働いてくれる彼らに不都合がないよう、しっかり働くの。どう? これでもまだ、コンビニの仕事は底辺だなんて言える?」


 乙女の問いかけに、三人はゆっくりと首を横に振る。そして、接客を担当していた男が真っ先に「すみませんでした……」と小さい声で言った。


「あの人達にも『すみませんでした』って伝えてもらえますか……?」

「ええ、いいわよ」

「あの、それとっ……」


 男は落ち着かない様子で目を泳がす。残りの二人にもそれが移った様子で、女はそわそわと体を揺らすし、もう一人の男もまたプルプルと震え出すので、乙女が「なあに?」と尋ねれば。


「天野の、今度のシフト日を教えてもらえませんかっ……?」


 男が必死な口調でそう言った。

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