第82話

「どうせてめえらは、天野ちゃんにやってきた事の一から十までをいちいち覚えちゃいねえんだろうが、天野ちゃんはきっと全部覚えてるぜ。その上で、皆が嫌がる仕事シノギすらきっちりこなして、毎日頑張ってんだ!」

「……」

「てめえ、さっきは天野ちゃんの事を価値がないなんて言っていたが、少なくとも一人じゃすごみ続ける事すらできねえてめえなんぞよりも、天野ちゃんの方がよっぽどおとこだぜ。それこそ、極道も裸足で逃げ出すほどのな!」


 ダンッと壁にこぶしを叩き付けながらそう言った正臣の勢いに、男は「ひいっ!」と情けない悲鳴をあげて縮こまる。これがおやっさんだったら、きっと今頃こいつはションベン漏らしまくってるんだろう。優也だったら……まあ、名前通り優しい口調ではあるだろうが、確実にネチネチと何時間も続く地獄の説教コースに突入する事だろう。


 俺が相手だった事に感謝するんだなと思いながら、正臣はゴミ置き場に備え付けられてあった古い竹ぼうきとちり取りを掴み取り、それを男にずいっと突き出した。


「分かったら、ここを舐め回す事ができるくらいきれいに片せや。十五分以内にな」

「……え!? い、いや、そんなの短すぎ……」

「天野ちゃんは十分とかからねえぜ?」

「そ、そんな……。あいつが、そこまで……?」

「何も山に埋めろとか、海に沈めろとかいう話じゃねえんだ。跡形もなくきれいに掃いて、汚れがひどい所はあそこのホースで流すだけなんだからよ」

「……」

「さあ、やってもらおうじゃねえか。誰にでもできる底辺な仕事シノギを」


 男はもう何も逆らう事などできず、正臣の突き出してきた竹ぼうきとちり取りを震える手で掴み取るしかなかった。






 一時間後。『ハッピーマート所橋一丁目店』のバックヤードで、男女三人組はぐったりとうなだれながら休憩用のパイプ椅子に座り込んでいた。


「……俺、もうダメだ。カラオケの時よりもずっと声を出し続けさせられて……」


 そう言った一人目の男の声は、もう掠れてガラガラだ。一方、調理スペースに立たされていた女はいまだに泣きベソをかいている。


「あ、あんたなんかっ……まだ、いいじゃ、んっ……。あ、あたし、あんなきつい事、いっぱい、言われて……。『こんな事もできないの?』って、バカに、されてっ……」

「お前だって、まだいい方だよ。俺は、あのおっさんにずっと見張られながら掃除してたんだぞ……」


 最後の男はそう言いながら、普段全く使わないような腕の筋力をフルに使わされた鈍い痛みに耐えかねて、ずっと顔をしかめている。そんな彼らをひと通り眺めてから、ストコン前のデスクに座っていた乙女が「……どう? これは、あなた達が底辺だとバカにしていたコンビニのお仕事のほんの一部よ」ととても優しい声色で話しかけてきた。

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