第81話

「天野ちゃんはなぁ、この店の誰よりもていねいな仕事シノギをする男なんだよ」


 正臣は言った。


「初めて会った頃は、クソみてえな客に因縁アヤつけられるたびにイモ引いてばかりの姿しか見てなかったから、男のくせに情けねえ野郎だと思っていたが……それもてめえらのせいだと分かれば納得よ。俺は天野ちゃんに頭を下げなきゃならねえ」

「お、おいおい。マジでそれ言ってんの……?」


 男は正臣の表情と言葉に、困惑と恐怖が入り混じって顔を引きつらせながら言った。


「あ、あいつにそんな価値なんかこれっぽっちもねえって。高校の時、あいつがどんだけビビリで俺達に従順だったか、あんた全然知らないだろ? あいつ、ただの一回も逆らったり、誰かにチクったりした事なかったんだぜ?」

「それは、てめえらがそこまで追い詰めてたからだろうが! 極道俺達もやる時はとことんやるが、てめえらほど筋が通らねえ真似はしねえぜ!」


 場の空気がビリビリと震えるほど、圧のある正臣の一喝。ここが人目から離れているとはいえ、それほど大きく迫力のこもった正臣の声はゴミ置き場の前から飛び出して、そのあたりまで一気に駆け抜けていきそうな勢いだ。


 そんな将臣の一喝を、最も間近で浴びせられた彼はもう立っている事などできなかった。ついさっきまで汚いだの臭いだのと喚いていた場所だという事も忘れて、その場にへなへなと座り込んでしまった。


「あ、あっ……」

「今考えれば、天野ちゃんの仕事シノギがていねいなのも納得よ」


 もう何も言えなくなってしまった男をギロリと見下ろしながら、正臣が言葉を続けた。


「俺も足を踏み込んでまだ日は浅えが、コンビニの仕事シノギって奴は、極道俺達のそれよりもはるかに複雑で大変だ。時には誰もが嫌がる掃除汚れ仕事も背負わなきゃならねえが、天野ちゃんは一度も手を抜いた事はねえぜ。いつもきっちりこなしてくれるんだ。何でか分かるか?」

「……っ……」


 ようやっとの体で、男は首を横に振る。その様に心底呆れ返ったように深いため息を吐いた後、正臣は「答えは実に簡単よ」と言った。


「こんな掃除汚れ仕事なんざ、てめえらにされてきた仕打ちに比べたら何て事はないって、ここの奥深くにガッチリと刻み込まれちまってるからだ!」


 ドンッと、己の胸元にこぶしを叩きつけながらそう叫んだ正臣のその言葉は、男がこれまで生きてきた二十年にも満たない人生の中で、最も強く深く響き渡った。

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