第80話

同時刻。『ハッピーマート所橋一丁目店』の外壁を時計回りにぐるりと回った先にある場所の前で、その最後の一人が両手で自分の鼻をがっちりと押さえながら悶えていた。


「……くっせえ! 何だこれ、こんなのがコンビニ店員の仕事な訳ねえだろうが! 嘘つくんじゃ」

「この俺がてめえみたいなチンケな野郎に、そんなデマを垂らすとでも……?」

「ひいっ!?」


 彼が正臣に首根っ子を掴まれて連れてこられたのは、『ハッピーマート所橋一丁目店』専用のゴミ置き場だ。


 ある程度の差はあれど、コンビニは一日平均一万円分前後の廃棄食品と、実に様々な種類のゴミが出る。その総重量はおよそ10~12キログラムほどであり、決まった日時に合わせて業者が引き取りに来るので、それまで全てのゴミは店舗の敷地内に設置されているゴミ置き場に一時保管する規則となっている。


 だがしかし、彼は生まれてこの方、ここまでひどい悪臭を嗅いだ事など一度もなかった。それほど『ハッピーマート所橋一丁目店』のゴミ置き場の周辺は持ち込まれてしまった家庭ゴミや、先ほどの自分達のようにポイ捨てされた空き缶やお菓子の袋などですっかり汚され、放置されていた事でえげつない臭いを放っていた。


 こ、こんなのは絶対おかしいと、男は思う。翔太郎がここで働いていると気付く前からちょくちょくこの店の前は通りかかっていたものの、こんなに汚れている様なんて見た事がなかったからだ。ゴミどころか小石や雑草一つ見当たらないほどいつもきれいに片付いていて、「コンビニのわりには、まあまあやるじゃん?」と思った事さえあるくらいだ。


 だからてっきり、どこかの清掃会社に勤めるオッサンか、ボランティアのジジババが掃除しているもんだと思っていたのに、まさかこんな事までコンビニ店員がやるのかよ……と、男は気丈にも正臣をきっとにらみつけるようにしながら言った。


「ふ、ふっざけんな! まさか俺にここを掃除しろってんじゃねえだろうな!? 誰がこんな汚ねえもん触るか!!」

「あいにくフカシも得意じゃねえんだよ。つべこべ言わずにさっさとやれ、お前らが出したゴミもあるんだぞ?」

「嫌だね! こんなもんは、天野の野郎がやるにぴったりじゃねえか!」


 そう言って、男は足元に転がっていたひしゃげた空き缶を力任せに蹴りつける。それはカランカランと音を立てて、正臣の目の前を転がっていった。


 ほんの少し前までの正臣であれば、この時点でもう何をしでかしていたか分かったものじゃない。だが、得意げになって鼻を鳴らす男に向かって、正臣は圧こそ放ち続けているものの、極めて冷静に言葉を綴った。


「そうだ。ここは天野ちゃんがいつもきれいにしてくれてる場所ショバだ……」

「え……?」


 男が転がっていった缶から再び視線を戻すと、そこにはバキバキに目を血走らせている正臣の姿があった。

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