第79話

「……おい。確かお前、コンビニのバイトなんて誰でもできる底辺な仕事だって言ったよな? なのに、何で挨拶まともにできねえんだ? 挨拶は接客業において基本中の基本! 息するのと同じくらい普通の事なんだよ! ほら、もう一回!」

「は、はいっ……い、いらっしゃいま、せ……」

「だから声が小せえ! さっきまでの威勢はどこ行った!?」


 レジの中では浩介が一人の若い男に向かって、これでもかとばかりに怒鳴り散らしていた。若い男も浩介同様に店のユニフォームを身に着けているが、その胸元には『研修中』とだけ書かれたプレートがかかっている。


 初めて見る顔だし、あまりにもぎこちない態度から、彼が新しいスタッフなのだろうと考えた老人は見るに見かねて「こら、新本君」と声をかけた。


「朝っぱらからそんな大声を出すもんじゃない。他の客に見られたら信用がた落ちだぞ」

「あ、朝倉あさくらさん。どうも、おはようございます」


 老人の来店に遅ればせながら気が付いた浩介が、ていねいにぺこりと頭を下げる。老人――朝倉も軽く会釈を返してから、まだ浩介の隣でぎこちなく立っている若い男をちらりと見やった。


「相変わらず、新本君は昔から血の気が多いな」


 朝倉が言った。


「君のような男を他にもう一人知っているが、短気は損気だぞ。新人さんにはもう少し根気強く教えてやらないと、ついてくる者もついてこれなく」

「ああ、こいつらはその新人じゃないです。しかも、そいつより出来が悪いと来たもんだ」

「こいつら?」


 この彼の他にまだいるのかと朝倉が首を捻るのと同時に、レジの奥の調理スペースから乙女と小百合の呆れたような声が聞こえてきた。


「あら、やだ。あなた、おうちでお母さんのお手伝いとかした事ないでしょ? どうしてこんな簡単な調理ができないの?」

「店長の言う通りよ。この袋からチキン取り出して、網の中に置いて、後は指定のボタンを一回押すだけなの。なのにトングも使わず、素手でチキンを掴んで油の中に投げ込むとか……やだやだ。こんな小学生でもできるような事ができないなんて、底辺にも程があるわよね~?」


 そんな二人の声の合間から、これまた若い女の啜り泣きの声が混じって聞こえる。姿がよく見えない分、声だけの情報がかえって調理スペースの中の様子をありありと想像できてしまい、朝倉は思わず声を詰まらせた。


「い、いったい、何が……」

「こいつら、ずいぶんとうちの店や天野の事をバカにしてくれたんですよ。だから、コンビニがいかなるものか身をもって体験してもらおうと思って」

「天野君? そういえば、最近彼を見かけてなかったような」

「この三バカの為に、絶賛休職中です。だから今日は天野の分まで、きっちり働かせますよ」


 三バカ? その言葉に、朝倉は再び首を捻る。今、自分の目の前にいるのは男が一人と、調理スペースで泣いている女が一人で……最後の一人はどこだ?


「じゃあ、そのもう一人の子はどこに?」


 朝倉の質問に、浩介が自動ドアの向こうに目をやりながら答えた。


「そいつは、うちの新人がかわいがってますよ。何せあいつが一番キレてましたんで」

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