第63話

数時間後の、午後八時。正臣はずいぶんと意気込んだ様子で『ハッピーマート所橋一丁目店』の自動ドアをくぐった。


 あれから改めてマニュアルの冊子を読み込み、今度は肉まん類の作り方とやらをきっちりと覚えた。


 カッチカチに強張っている冷凍の肉まんやピザまんなどを専用のスチーマーに入れ、時間をかけて蒸していくのを待つだけでいいなんて、行きつけ先のサウナの中で敵対勢力の組長カシラと出くわした時の緊張感に比べれば楽なもんじゃねえかと、正臣はひどくご機嫌だ。


 これであと二時間ほど勤務時間を残している翔太郎の鼻をちょっとは明かしてやれるかと思っていたのだが、そんな彼の視界の先には、ある意味小百合の時以上にあり得ないと思えるような光景が広がっていた。


「ヒュー‼ この新作も頂いてこうぜ、天野のおごりでな~!」

「ねえねえ、このアイスも見た目かわいくて超映えそう。皆で写真撮ろう~!」

「いいねえ……てか天野、そこに立ってたらジャマだろうが。相変わらず空気読めねえ奴だな、さっさとどけよ」

 

 この時間になると、客の年齢層は大体決まってくる。大半が仕事帰りのサラリーマンとか塾の休み時間に軽食を求めてくる学生などだ。だが今、正臣の目の前で大騒ぎしている三名はどう見てもその類には見えなかった。


 翔太郎と同じ年頃だろうか。男子二人と女子一人でつるんでいる彼らは、どこかの専門学校のものと思しき制服をだらしなく着崩していて、店内のBGMが掻き消されるほどの大声で騒いでいる。そして、まだ会計を済ませていない商品を勝手に開封し、好き勝手に飲み食いしたりスマホで写真撮影をしているのだ。それをレジカウンターの中の翔太郎は俯き加減で突っ立ったまま、ひと言の注意もしないでいた。


「おいおい、てめえら。何してやがる!?」


 三人の好き勝手な行動もさておきながら、店員であるにもかかわらず何もしようとしない翔太郎の様子にも呆れ返り、正臣はずかずかとした足取りで彼らの前に立つ。三人は正臣の気配に素早く反応し、「はあ? 何か用ですかぁ……」となめ切った口調をもって振り返ってきたが、正臣の鋭い眼光は三人をまるで蛇ににらまれた蛙のごとくおとなしくさせた。


「何か用ですかじゃねえ。俺はここの店員よ」


 正臣がドスの利いた声で言った。


「こんな時間にガキが、何はしゃいでやがる? それからその商品も、まだ金払って……」

「い、いいんです永岡さん!」


 こんなガキ相手に本気を出すまでもない。あと二言三言でビビり上がらせて頂くものを頂こうと考えていた正臣だったが、それを止めたのは何と翔太郎だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る