第62話

「……何だ。今日は天野ちゃんと一緒のシノギなのか。だったらそうだと早く言えや」

「それが嫌だから言いたくなかったんですよ」


 これから出勤だという翔太郎についていく形で、正臣も『ハッピーマート所橋一丁目店』の自動ドアを一緒にくぐった。暇つぶしの意味も兼ねて、次の自分のシフト時間を確認したが、ちょうど今日、目の前でユニフォームに着替える翔太郎と数時間勤務が重なると知った。


 それに、はあ~っと分かりやすく大きなため息を吐き出す翔太郎に、正臣はぴくりと眉を吊り上げた。


「何でい何でい? まさか、まだこの俺様が何も知らねえズブの素人だとでも思ってるのか? こう見えてもな、ついにハッピーチキンの野郎に対する締め上げ方って奴を覚えたところなんだぜ?」

「それって、揚げ物調理の事でしょ? あんなのは商品を揚げ物かごに入れて、後は決められた時間のボタンを押すだけで誰でも作れるよ。締め上げ方って……商品袋の封を『閉めて』、その次の『揚げ方』って意味で覚えた訳じゃないですよね?」


 呆れたように問いかける翔太郎に、正臣はうぐっと口をつぐんで、何も言えなくなる。どっちかといえば冗談よりも嫌味の方を色濃く出して言ったつもりだったのに、まさかの大当たりだったとは。また翔太郎の口からため息が漏れ出た。


「全然シャレにもなってない……。これだから引きこもりニートの子供おじさんは始末に負えないんだ……」

「何だと~!? だったら、これ以上の上等な売り文句を言ってみろや、天野ちゃんよぉ!」


 ギャアギャアと訳の分からない正臣のいちゃもんを無視して、翔太郎は小百合と交代するべく店のフロアへと出る。その際、ほんのわずかに震えていた右手の指先を反対側の手でしっかりと抑えた。


 大丈夫、大丈夫だ。あんな子供おじさんの怒鳴り声なんてかわいらしいものだ。世の中には、もっと怖くてどうしようもないものがたくさんある。僕はそれを嫌というほど経験してきたけど、ほんのわずかな期間の引きこもりで乗り越えられたじゃないか。あの人と一緒にしてもらいたくないし、あの人が気に入らないのは同族嫌悪とかじゃなくて、あくまで雫ちゃんに馴れ馴れしすぎるからだ!


 どうせなら、雫ちゃんと一緒のシフトがよかった。どうして今週は一度も重ならないんだと少しばかりの不満を抱きながら、翔太郎はレジカウンターの中にいた小百合とバトンタッチする。この数時間後に、やはり雫と一緒でなくてよかったと心から思う事になるとは露とも知らないままに。

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