第61話

「……新本さんからLINE来たんだけど。『うるせえ』『静かにしろよ』『寝かせろ』のお叱りオンパレードじゃない」


 むすっとした表情で雫がそう言うと、彼女の部屋の中に引っ張り込まれた翔太郎は思わずしゅんとなって「ごめん」と謝った。


「そ、そんなつもり、これっぽっちもなかったっていうか……そもそも、この子供部屋おじさんが雫ちゃんの部屋に入りたびってるから。いくら親戚だからって!」

「あぁ? 俺がお嬢のお世話をして、何か文句あんのか!?」

 

 うなだれたまま正座している翔太郎に対し、正臣はぴっしりと折り畳まれた洗濯物の前で、でんとあぐらをかいて座っていた。


「天野ちゃんよ。お前がお嬢とどれほどの間、一緒に働いているかは知らねえが……こちとら、お嬢がこの世にお生まれになった瞬間からの付き合いよ! 姐さんに言われて、お嬢のおむつも替えた事あるし、何なら同じ布団の中でひと晩一緒に寝て、そのまま朝シャンにしけこんだ事もあるぜ!!」

「マサ、言い方~~!!」


 語弊がありまくる言い方に顔を真っ赤に染めた雫の、まるで容赦のない回し蹴りが正臣の上半身に決まる。せっかくきれいに折り畳まれた洗濯物が散らばっていく中、正臣の体は簡単に壁まで吹っ飛んでいった。


 正臣の背中が壁にどすんと打ち付けられたと同時に、アパートがごくわずかに揺れる。それにはっと我に返った雫は、慌ててスマホを持ち直して浩介宛てにLINEのスタンプを返した。


「……あ~、既読付かない~。寝ててくれてたらいいんだけど」

「ご、五分以内に既読が付かなかったら大丈夫。新本さん寝ちゃってるから安心して、雫ちゃん……」


 おろおろと自分と正臣を交互に見つめる翔太郎に、雫はさらに慌てて「ち、違うから!」と首を大げさなくらいに横に振りまくった。


「今のは全部、子供の頃の話! 小学校に上がるまでの話だし、私もほとんど覚えてないから!」

「何言ってるんでさ、お嬢。確か、優也が持ってる家族アルバムにその時の写真残ってるはずなんで、よかったら電話して持ってこさせましょうか?」

「そんな事で、お兄ちゃんを呼び出さないで! もうちょっと自分の立場ってものを考えなさいよ、マサ!」


 さらに素っ頓狂な事を言い出す正臣に、何の飾り気も見せずに怒る雫。それを見て、翔太郎は何だか急に疎外感のようなものを感じた。同じ部屋の中にいるはずなのに、まるでこの二人の目に自分など全く映っていないかのようで……。


「……まるで、あの頃と同じだ」


 あまりにも小さくつぶやかれた翔太郎の言葉は、正臣にも雫にも届く事はなかった。

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