第64話

「そ、その人達は高校時代の僕の友達で……。好きなだけおごってやるから遊びに来てって、僕から誘ったんです。代金は僕の給料から差し引いても大丈夫なんで、これ以上何も言わないで下さい……!」


 とてつもなく、ド下手な嘘だなと正臣は言った。


 嘘をつく人間の特徴というものは、曲がりなりにも把握しているつもりだ。心底腐り切っている根っからの悪党か、自分の言っている事こそが真実かつ正義であると思い込んでいる頭の中お花畑な奴を除けば、大抵の人間は後ろめたい気持ちに耐えられないせいで青い顔で目を逸らしたり、必要以上に怯えてしまったりと何かしらのアクションが出る。翔太郎も例に漏れずその通りであり、正臣の顔を見る事ができないでいた。


「おい、天野ちゃん。何でそんな嘘をつく必要が」


 カタカタと震えている翔太郎から話を聞き出そうとそっちに顔を向けた正臣であったが、その一瞬後、自分の背中にべちゃりと濡れた感触が走って驚いた。何だ、萩野組からの鉄砲玉かと身構えかけたが、背中が冷たいだけで痛みや灼熱感などは特になく、代わりに下品な三人分の笑い声が聞こえてきた。


「やっりぃ! ドッキリ大成功~♪」

「やだ、あのオッサン超ダサいんだけどぉ。写真、拡散しちゃお!」

「いいねいいね! 『うるさく絡んできたコンビニのオッサン店員に正義の鉄槌!』とか書いとけよ」


 振り返ってみれば、翔太郎が友達だと称した三人の手には、まだ会計が済んでいないにもかかわらず開封してしまったソフトクリームがそれぞれ握られていて、その真っ白なクリームの先端はひしゃげて潰れている。堅気と思って油断していたとはいえ、こんなガキに背後を取られてソフトクリームをなすりつけられたのかと正臣が悟るまで、ほんの少し時間がかかった。


「こら、クソガキども。よくもこの上着に手ぇかけてくれたなぁ……!」


 やがて正臣の短い導火線に火が点き、あっという間に心の爆弾へと引火する。余裕綽々で下品に笑っていた三人だったが、そんな正臣を見て一気に顔を青ざめた。


「この上着はな、俺のかわいい弟分が初給料で買ってくれた思い出の品なんだぞ! それをこんな安モンのソフトクリームなんぞで汚したばかりか、拡散するだぁ!? てめえらの血でクリーニングしてやろうか、ああ!?」


 全く大人げなくそう凄むと同時に、正臣は女子の手からスマホを素早く奪い取り、それをあっという間の速さで握り潰す。ベキベキ、グシャアッ……と、あり得ない音を立ててバラバラになっていくスマホに、女子の口から悲鳴が飛び出た。


「いやあ、私のスマホがぁ! あ、あんた訴えてやるわよ!?」

「上等だ、やれるもんならやってみろ。これと同じ目に遭う覚悟ができたらの話だがな」


 手のひらに付いた元スマホの細かい破片や部品を、パラパラと払いのけるように床へと落とす正臣の顔は本気であった。生まれて初めて目の当たりにするであろう衝撃や圧に耐えられなくなったのか、やがて三人は何も言わずに店の外へと逃げ出していった。


「ちっ、余計なごみを増やさせやがって……。まあ、拡散はされずに済んだからよしとするか」


 足許のスマホだった部品を見やりながら、ぽつりと言う正臣。そんな正臣に、翔太郎が少し大きな声で言った。


「何て……何て事してくれたんだ、あんたは! せっかく僕が穏便に事を治めようとしてたのに!」

「ああ?」


 何をバカな事を言ってるんだといぶかしむ正臣の目の前には、怒りとつらさがないまぜとなった心情をそのまま顔に出している翔太郎がいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る