第59話

数時間後。出勤時間五分前に『ハッピーマート所橋一丁目店』のバックヤードへと飛び込んだ正臣は、そこで仁王立ちして待っていた浩介に、思わずひくっと頬を引きつらせた。


「遅え! いつまで寝腐ってたんだよ、遅刻ギリギリじゃねえか!」

「お、お勤めご苦労様です、新本のアニキ! で、ですがまだ五分前では」

「バカか、あんたは。最低でも出勤時間十分前には来て、引き継ぎやらなんやらを済ませておくのは社会人の一般常識だろ!?」

「そ、そうだったんですか。それが堅気として当たり前……参考になりやす!」


 次からはそうしますんでと勢いよく頭を下げてくる正臣に、ふうっと長いため息をついた浩介は、厳つく組んでいた両腕を緩ませると、そのままユニフォームのポケットから一枚の手紙を取り出してきた。


「ほら」

「は? 誰からの果たし状ですか?」

「そんな訳ねえだろ。柏木さんからの預かり物だ、あんたにだってよ」

「柏木さんから!?」


 結局、黒釜ファイナンスや柏木章一に関する後始末は全て優也に丸投げしてきたので、まさか柏木小百合からこんなに早く何かしらのアクションが来るとは思ってもいなかった。やっぱりあいつ、あの足で柏木さんに会いに行ってたのかと思いながら、正臣は浩介から手紙を受け取り、その場でそれを開いた。




『永岡さんへ


 先ほどは話を聞いていただいて、ありがとうございました。

 実は先ほど、私の退勤前に夫がこちらに来ました。

 また何かしらされると思って驚き、怯えていたのですが、

 夫はただ一言「しばらく遠くに行くから、もう安心してくれ。離婚したければその通りにしてくれていい」と

 言ってきたのです。

 黒釜ファイナンスの人達にやられたのかひどい顔をしていましたが、昔出会った頃の優しい目に戻ってくれていて、

 やっと安心する事ができました。

 だからといって、以前のようにすぐ元通りという訳にはいかないでしょうけど、

 今は、あの人が遠くから戻ってきてくれるのを待って、それから先の事を決めようと思います。

 永岡さん、どうにかしてくれるっておっしゃってくれましたけど、

 お手を煩わせてしまう前に、あの人が元に戻ってくれて良かったです。

 ご面倒とご心配をおかけしました。本当にありがとうございます。

 これからも、よろしくお願いします。       柏木小百合

 


 追伸

 床掃除に使うモップはもう少していねいに絞ってから片付けていただけると助かります』




「そういえばあんた、どうしたんだよその顔」


 手紙を読み終えて薄い笑みを浮かべている正臣に向かって、浩介が指を差してくる。その途端、ツキンと走った頬の痛みへ反射的に手を添えながら、正臣は困ったように答えた。


「ああ~、これは……まあ、お嬢を怒らせちまいましてね、制裁を受けたまでなんで。気にしねえでやって下さい……」






「もう、マサのバカ~! 皆にどう言い訳すればいいのよ、これ~~!」


 同時刻。無理矢理かつ乱暴な扱いを受けた事ですっかり傷んでボロボロになってしまった金髪縦ロールのウイッグとおかめのお面を前に、雫の怒りはいまだに治まる気配を見せなかった。

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