第58話

「小百合には、本当に申し訳ない事ばかりしたんです……」


 自分を苛むように、髪の毛を両手でぐしゃぐしゃと掻き回しながら、章一は後悔の念を吐き続けた。


「俺の口からやり直してくれだなんて、そんな都合のいい言葉は死んでも言えません。でも、離婚するにしたってけじめとして何かしらの罰を受けたい……! それで、あいつの苦しみや悲しみがほんのちょっとでもやわらぐのなら、俺はどんな責め苦にだって……いってえっ!」

「うぬぼれてんじゃねえぞ、こら」


 ついさっきまで優也と一緒に支えてやろうと思い、やっぱり怖がらせてしまうかと思って引っ込めた右手をこぶしに変えながら戻ってきた正臣は、自分にできる限りの弱い力で章一の頭を小突いた。それでも一般人のさほど鍛えていない頭頂部にはやはり堪えるらしく、章一はぐしゃぐしゃと掻き回していた両手の動きを止めて、大げさなくらいに痛がった。


「ちょっと兄さ……じゃなくて、ジョセフィーヌさん! ジョセフィーヌさんはデコピンでも拳銃クラスのダメージなんだから、安易に堅気さんに手を出さないでよ!」

「はん、見くびるな。そこらの銃弾マメよりもずっとすげえわ。いや、そんな事よりも」


 正臣は大股開きで章一の目の前にしゃがみ込むと、おかめの面越しにぎろりと彼をにらみつけた。


「おい。確かにてめえは、心底惚れたスケにとんでもねえ真似をしくさった。それを後悔する気持ちも、ケジメを付けようって漢気も買ってやる。だがな、それでてめえの女の心が晴れるかどうかなんて、そんなのはお天道様でも分かりゃしねえ。その答えを知ってるのは、この世でただ一人だけのはずだぜ?」


 正臣のその言葉に、章一は大きく両目を見開いた。確かにその通りだ。自分のケジメのつけ方に納得し、そこからどのような新しい人生を歩み出すのか決めるのは俺じゃない。そうする権利を持っているのは、小百合だけだ……!


「ジョ、ジョセフィーヌさん……」

「てめえがどうしてもそういうケジメを付けたいって言うんなら、俺もキャロラインも止めやしねえ。喜んで協力してやる。だがな、そうする前にてめえの女にしっかりと詫び入れてこい」

「……半日、待ちます。半日経ったら、こちらからお迎えにあがってもいいですか?」


 続いて発せられた優也の言葉に大きく頷くと、章一は最後の力を振り絞って立ち上がり、そのまま部屋から走り出ていった。


 章一の姿が見えなくなった直後、ついに耐え切れなくなったのか、控えていた構成員達が腹を抱えて大声で笑い出し始めた。それにつられて優也も吹き出すように笑う中、正臣は金髪縦ロールのウイッグとおかめの面を乱暴に剥ぎ取りながら、「何だ、おめえら!!」と怒鳴った。


「千人殺しのマサだと知られずに腐った膿連中を潰す、素晴らしい変装だろうが!!」

「い、いや、そうだけど、兄さん……」


 背中を折り曲げるようにして笑い続ける優也を、正臣はぎろりとにらむ。例え極道に生きる者でも正臣の鋭いにらみには多少なりとも冷や汗をかくものだが、そんなものなどすっかり慣れっこの優也はさらに言った。


「ジョセフィーヌって、僕達が子供の頃に飼ってた出目金の名前じゃないか……。何でその名前を使ったの……あはは……」

「それしかとっさに思い付かなかったんだよ! 優也、てめえこそキャロラインって、昔お嬢が飼ってた亀さんの名前じゃねえか!」

「ぼ、僕だって、それしか思い付かなかったんだって……。くくく……」

「いつまで笑ってんだ、こらあ!」


 かわいい弟分を殴る訳にもいかず、正臣は構成員達に八つ当たりの一発をそれぞれかましていった。

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