第57話

「み、見つかった? あいつが……?」


 持っていた書類や茶封筒をはらりと手のひらから落として、章一はがくりとうなだれる。そして、全ての緊張やしがらみが解けたせいか、ぼろぼろと大粒の涙をこぼし始めた。


「大丈夫ですか、柏木さん」


 それを見て、すかさず優也が章一の上半身を支え、その背中を優しく撫でる。正臣も一緒になって支えてやろうかと両腕を伸ばしかけたが、今の今まで黒釜ファイナンスの連中をしめていた手だ。怖がらせてしまうだろうし、何といっても自分のガラではないと思い直し、その役目を優也に託した。


「本当に、もう安心して下さい。その友人の方にはいい職場を紹介しておきますから。ううん、山がいいか海がいいか……彼は、どっちの方が好きなんでしょうね?」

「え……? た、確かあいつは、海が好きだったかと……」

「そうですか。じゃあ、マグロとカニ、どっちが好きですか?」

「カニ、だったと思います……」

「分かりました、ありがとうございます。それほど好きなら、きっと友人の方も喜んで仕事に精を出してくれますよ」


 満面の笑みと穏やかな口調で言ってはいるが、その内容はひどくえげつない事を正臣は知っていた。普段おとなしい人間が本気で腹を立てるとどういう事になるか、優也はまさに今、とても分かりやすい形でその答えを見せていた。


(そのダチって奴も気の毒に。借金の額がいくらか知ったこっちゃねえが、三年は日本に帰ってこれねえだろうな。ご愁傷様……)


 ふう~と、おかめの面の中で深い息を吐いた後、正臣は二人に背中を向けて歩き出した。もうここで自分にできる事は何もないし、さっきから大声で笑い出したいのを必死に堪えている相良組の構成員どもの視線が痛くて仕方ない。とっととさっさと撤収して、このカツラと面をお嬢に返さなくては……。


 そう思いながら、正臣がドアノブを手に取ったその瞬間だった。


「ジョセフィーヌさん、キャロラインさん……。俺も、そいつと同じところに連れてってもらう訳にはいかないでしょうか……」


 ずずっと情けない鼻水の音を出してから、章一がそう言ってくる。これには正臣も優也も、心底驚いた。


「友達にだまされて、黒釜ファイナンスの連中に言いように使われて、そのストレスのはけ口の為に小百合にひどい事ばかりしてきたんです……。その上、人様に借金の尻拭いまでさせといて、このまま普通に暮らす事なんてできる訳がない……!」

「い、いやいや、気にしないでいいですよ。黒釜ファイナンスみたいな悪い組織を潰すのは当然だし、その判断を下すのはトップに立つ僕の役目なんですから。今回はたまたま、柏木さんの分に当たったってだけの事ですよ」

「そうかもしれない。でも、納得はできないんです!」


 章一の悲痛な声はさらに響いた。

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