第56話

「覚えてねえのか? だったら、俺がもう一回言ってやるから、きっちり繰り返せ」


 ぎりぎりとさらに襟元を絞めあげながら、金髪縦ロールのおかめは口を開いた。


「『もう金輪際、二度と柏木夫婦には近付きません。相良組の傘下からも抜けて、人様のご迷惑になるような行為は一切せず、小物らしくこの世の隅っこでせせこましく生きていきます』だ! さあ、早く言え!」

「ちょっ……兄さん、ストップストップ!」


 絞め過ぎたのか、ブクブクと泡を吐いて気絶してしまっている社長の様子に全く気付きもしないで、金髪縦ロールのおかめは今度はその体を激しく揺さぶり始める。さすがにこれ以上は殺しかけないと、優也は慌てて彼の元に駆け寄り、その腕にしがみついた。


「もういいって、兄さん! それ以上はやり過ぎだよ! とにかくそいつを離して……」

「誰が兄さんだ、こら! 俺は千人笑かしのジョセフィーヌだ!」

「へ? ジョセフィーヌって……」


 思わずその先の言葉を紡ごうとする優也だったが、金髪縦ロールのおかめがくいっと首で指した先にいた柏木章一を見て、ああ、なるほどと納得する。そして、金髪縦ロールのおかめがぐったりとしている社長を床に放り投げたと同時に、うずくまったままの柏木に視線を合わせるようにその身を屈めて話しかけた。


「……柏木章一さんですね?」

「え? あ、はい……。あの、あなたは……?」

「僕ですか? 僕は、相良……」


 そう言いかけて、優也は思わず口元を抑え込む。「おい」とたしなめる金髪縦ロールのおかめの声が聞こえたし、ドアの所にいる手下達も皆が揃ってぶんぶんと首を横に振っていた。


「えっと、僕は……そこにいるジョセフィーヌさんの弟分で、キャロラインっていいます。今日はあなたに、とてもいい知らせをお届けに来ました」


 何でもない状況であれば、好青年とも見て取れる優男の口からキャロラインなどという名前を聞かされれば間違いなく吹き出してしまっていた事だろう。だが、全く普通ではない今のこの場で、笑みを浮かべる者など一人もいなかった。


「これを見ていただけますか……?」

 

 少しシワが入ってしまった茶封筒をそっと差し出す優也に、章一はずいぶんと時間をかけてそれを受け取る。そして、おずおずと中身を確認してみれば、思わず大きな息を飲んでしまった。


「これって……」

「こちらで調べさせてもらいました。あなたに充てられた借金なんて、違法に違法を重ねたものだったんですよ。だから、最初からあなたに支払い義務なんて存在していなかった。もちろん元金はありますが、それはあなたに借金を押し付けた友人が払うべきものです」 

「で、でも、そいつはどこかに逃げてしまってて……」

「それも心配及びません。既に見つけ出して、こちらの方で確保しましたから」


 そう言って、優也はイタズラが成功した子供のように笑う。そんな彼の姿に、金髪縦ロールのおかめ――いや、正臣は腕っぷしの強さくらいしか取り柄のない自分とは違って、このような芸当を短時間でさらりとやってのける弟分の力量に心底感心していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る