第55話
相良優也が何人かの手下を引き連れ、黒釜ファイナンスのあるビル前に到着したのは、それからわずか十五分ほど後の事だ。だが、一見何も変わっていないかのように見えるそのビルからおびただしいほど異様な雰囲気が漏れ出ているのを、優也は決して見逃さなかった。
「お、遅かったか……」
何枚もの書類が入った茶封筒を持つ手に思わず力が入り、ぐしゃりと潰れるような音がする。それを聞いた手下の一人が、「若、いかが致しますか?」とおそるおそる声をかけてきた。
「永岡の兄貴の事です。たぶん、相当派手にやらかしてるかと思いますが……」
「うん、それは僕も覚悟できてる。とにかく警察に勘付かれる前に急ごう」
はあっと大きなため息をついてからそう命じると、優也は手下達と共にビルの中へと入る。そして非常階段を一気に昇り切った最上階にある一番大きな部屋の中で、かつての萩野組と似たような惨状を目の当たりにした。
まず最初に目に映ったのは、床一面に広がる高級そうな絨毯だ。その柔らかそうな毛色には全く不釣り合いな血痕がこれでもかと言わんばかりに飛び散っており、その上に屈強な男達が苦しそうに唸りながら倒れ込んでいた。
各々が顔をパンパンに腫れ上がらせていたり、腹を抱えながら吐いていたり、あらぬ方向に折れた片腕を抑えて泣き喚いていたりしていたので、生来の優しい性格から、思わず「大丈夫ですか!?」と声をかけそうになった優也であったが、部屋の真ん中にいた三つの人影が目に留まったとたん、それをいろんな意味で思いとどまる。手下達もその複数の人影を見るなり、ぴくぴくと頬のあたりや口元を震わせていたが、何とか堪えて成り行きを見守った。
優也達の視線の先にいたのは、心底申し訳なさそうにうずくまっている柏木章一。そして、そのすぐ側で、全ての歯をなくして何とも情けない顔立ちになってしまっている社長の襟元を掴み上げ、怒号を上げている金髪縦ロールのおかめの三人であった。
「よう、てめえ。さっきの言葉、もう一回言ってみな?」
十中八九、床に倒れ伏している屈強な男達を制したのは、この金髪縦ロールのおかめで違いないだろうに、その全身やこぶしには傷一つどころか返り血さえ残っていない。おそらく、彼らを一発……いや、多くて二発程度の少ない攻撃で素早く一気に仕留めたんだと、優也は自分では決してできない芸当の凄まじさにごくりとつばを飲み込んだ。
「も、もうひっかひって……」
「ああ? 聞こえなかったのか、このクソ膿野郎が……!」
じょぼじょぼと聞こえてくる怪しい水音と、独特な異臭。社長が心身ともに限界に達して恐れおののきすぎた結果、失禁してしまうのも頷ける。それだけ、金髪縦ロールのおかめから発せられる殺気は並大抵ではなく、それなりに慣れていたはずの優也も思わず冷や汗が出る。
兄弟分である自分でもこうなのだから、兄さんとほとんど面識のない皆は余計にまずいんじゃないかと、優也がちらりと後ろを振り返る。案の定、連れてきた手下達は誰もが金髪縦ロールのおかめの圧にすっかり負けてしまっていて、身動き一つできない有り様であった。
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