第54話

「へ? ジョ、ジョセフィ……?」


 章一はひどく困惑した。そりゃあ、何度か社長達の金魚のフン扱いで高級キャバクラに連れていかれ、無理矢理酒を飲まされたり裸踊りを強要された事はあったが、どの店にもジョセフィーヌなんて源氏名を持つ女の子はいなかった。当然、それは黒服のボーイや経営者であっても同じ事だった。


 ゆえに、こんな奇抜な格好をした男があたかも自分の事を知っているかのような口ぶりで話しかけてきても、章一には何一つ返す言葉がなく、彼の次の句を待つしかない。右手の痛みに耐えながら、章一はぎゅっと唇を引き結んでその時を待った。


 そんな章一をおかめのお面越しに見ていた男は、やがてその腫れ上がり出した彼の右手の指に気が付いたようで、「ふうん……」と感嘆の息を漏らす。そして前歯のない間抜け面を晒す社長の方にちらりと顔を向けながら、章一に話しかけた。


「あれ、お前がやったのか……?」

「え……」

「てめえの女房しか殴ってこなかったから、本気のやり方ってものが分からねえんだよ。相当イカレたんじゃねえのか、その右手……」


 すっと右手の方を指差してくる金髪縦ロールのおかめの言葉に、章一の両目からぼろぼろと涙が溢れ出してきた。友人だと思っていた相手に裏切られた悲しみ、謂れのない屈辱ばかりを与えてくる黒釜ファイナンスへの憤り、そして妻である小百合に対する己の不甲斐なさが形となって現れた瞬間だった。


「は、いっ……!」


 詰まりそうになる言葉を何とか絞り出して、章一は答えた。


「小百合を侮辱されて、それで……。俺に、そんな資格ないの、分かってるのに……どうしても、許せなくなって……!」

「そうかい。そりゃあ、上等じゃねえか」


 そう言うと、金髪縦ロールのおかめは自分の背中の向こうに章一を守るように立ち、そのまま社長達をぐるりと見渡した。


「てめえ命拾いしたな、柏木さんよお」


 金髪縦ロールのおかめが背中越しに、言った。


「もしてめえが腐ったままだったら、こいつらと一緒にシメてやるつもりだったが……気が変わった。後で腕のいい闇医者を紹介してやるから、ちょっと待ってな」

「ジョ、ジョセフィーヌさん? な、何を……」

「ああ? 決まってるだろ、あいつらに筋を通すんだよ」


 ぽきぽきと両手の指の関節を鳴らしながら、おかめのお面越しに不敵な笑い声を漏らす男に、若い社長の未熟な忍耐力はあっという間に焼き切れた。「ほ、ほまえら!」と大きく腕を振り上げながら、


「そのへんはいを、じぇったいいきてかへすな! かしわひともども、ひゃかなのエサにひちまうんだ!!」


 と、部下達に命令を下す。部下達は一斉に「へい!!」と答えると、素手で殴りかかる者や懐から刃物ドスを引き出して突っかかってくる者などに別れて、金髪縦ロールのおかめに襲いかかっていった。

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