第53話

「誰だ、コラァ!!」

「ここが黒釜ファイナンスのヤサだと知っての狼藉かぁ!?」


 部下達の視線が、開かれたドアの方へと一斉に向かう。中には懐に片手を突っ込み、すでに臨戦態勢を取っている者すらいた。


 激しい暴力に晒され、全身ひどい痛みを抱えながら、章一もゆっくりとそちらへ目を向ける。ああ、せめて小百合ではありませんようにと必死に祈りながら。


 結果的に、章一の祈りは通じたものの、その場にいる全員が信じられないものを見る羽目になった。何故ならば、ドアを蹴破るようにして入ってきたのは、何ともふざけた格好をした男だったからだ。


 裸の胸元をサラシで巻いた上に、少し大きめの黒い無地スーツの上下を着ている事から、堅気でない事は間違いないだろう。だが、その筋の者にしては全く不釣り合いな金髪縦ロールのウイッグを頭に被り、なおかつ祭りの屋台などでよく見かけるおかめのお面まで付けている。それが、今の今まで不穏な空気で充満していたこの部屋の雰囲気をがらりと変えてしまった。


「な、な、何だ、おまへっ!」


 部下に章一を殴らせていた社長が、前歯が二本も折れてうまく呂律が回らない口で下手な威嚇を始めた。


「ここを、どこひゃとおもっへるんだよ! きもひわりいな! とっととうへろ!」

「黙れや、ケンカのやり方も知らねえクソガキが……!」


 金髪縦ロールのおかめのお面から、怒りに満ち満ちた声が響く。そのたった一言だけで、社長も部下達もびくんっと全身が強張って動けなくなった。


(な、何だ。この男の圧は……。格好はこれでもかってくらいにふざけてるのに、この圧だけで格の違いってものがひしひしと伝わってきやがる……!)


 冷や汗が頬を流れ、いくらつばを飲み込んでも止まる気配がない。それでもと、社長は何とか声を絞り出して叫んだ。


「て、てめっ、ひゃにもんだ! 何しに来た……」

「この兄ちゃんに用があるんだよ」


 金髪縦ロールのおかめはそう言うと、まだ床に転がったままの章一の元へと辿り着き、そのままじっと彼を見下ろす。助け起こす気はさらさらないんだなと分かると、章一は震える両腕に力をこめて、何とか上半身を起こす事ができた。


「お、俺に用って……あんた、いったい……」

「俺か? 俺は千人ごろ……いや」


 一瞬、何かを言いかけたが、金髪縦ロールのおかめは一度口をつぐんで、ふいっとお面ごと顔を逸らす。そしてたっぷり十秒ほど考え込んだ後で、


「俺は、お前のその腐った根性を叩き直す為に来た、千人笑かしのジョセフィーヌという者だ」


 とても大真面目な口調で、そう言い切った。

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