第45話

「……ごめんなさい。永岡さん、本当にごめんなさい」


 店番を乙女と天野に頼み込んだ小百合は、正臣をバックヤードにまで引っ張っていくと、備え付けの救急箱を取り出して彼の右手の手当てを始めた。幸い、数々の修羅場を得た事ですっかり分厚くなってしまった正臣の手のひらはほんの軽い火傷で済んでいたが、それを見た小百合は何度も何度も「ごめんなさい」を繰り返した。


 そんな小百合の姿を、正臣は首をかしげながら見つめていた。何故、こんなに小百合が申し訳なさそうに自分に謝ってくるのか全く分からなかったからだ。


「何で、そんなに謝ってくるんです?」


 自分の手のひらに軟膏を塗ってくれる小百合に向かって、正臣は問いかけた。


「俺は当たり前の事をしただけですぜ? 堅気だろうと渡世に生きる者だろうと、女に手を挙げる男は許しちゃいけねえ。こんな事はお天道様が決めた事で、俺はそれを守っただけに過ぎません」

「で、でも、私の問題なのに、人様にこんな怪我を……」

「こんなもん、怪我のうちに入りやせんよ。昔食らった根性焼きの方がよっぽどしんどかったってもんですよ」

「え?」

「あ、いや、こっちの話で……そんな事より良かったんですかい? あの野郎を逃がしちまって」


 小百合が自分の夫だと言って庇ったあの男は、先ほど痛む腹を押さえながら「お、覚えてやがれ……!」と何とも小悪党らしい捨て台詞を吐いて、店から出て行ってしまった。下手に警察サツ通報タレコミされては厄介だと、正臣は後を追おうとしたのだが、それを止めたのもまた小百合だった。


「あんなクソ野郎は簀巻きにして川に放り込むなり、コンクリ抱かせて海に沈めてやるなりしてもバチなんか当たらないものを……。あんた、お人好しが過ぎるくらい優しいな」

「……彼も、昔はそんなふうに言ってくれたんです。『お人好しなくらい優しい小百合が好きなんだ』って。なのに……」


 正臣の手のひらに、軟膏ではない何かがぽたりと落ちる。何だと思った正臣が顔を上げてみれば、目の前にいる小百合の両目からぼろぼろと涙がこぼれ落ちていくのが見え、正臣は思わず慌てふためいた。


「や、やめてくれ。俺は女の涙に弱いんだ。姐さんもお嬢も、そうそうお泣きになるような方じゃなかったから尚更なんだ……!」

「す、すみません。でも、止まんなくって……!」


 必死に涙を抑え込もうと自分の目元を抑え込む小百合だったが、全く治まる様子がない。これはよっぽど根が深そうだと感じた正臣は、すいっと小百合の顔を覗き込むようにして言った。


「こんな半端者の俺でよかったら、話聞かせてやって下さい。愚痴を吐き出すだけでも違うってもんですぜ?」


 たっぷり時間をかけた後、小百合は小さくこくりと頷いてから、これまでの己の半生を話して聞かせた。

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