第44話
「おい、小百合ぃ!! 黙ってないで何とか言ったらどうなんだ! 相変わらず暗い女だよな、お前はよ!!」
レジカウンターの中で立っている小百合に怒鳴りつけていたのは、彼女と同じ年頃かと思われる一人の男だった。店内は禁煙だというのに、浅黒い肌をした手に持つのはうっすらと煙を立ち上らせている火の点いた煙草。その副流煙を思いっきり吹きかけられた小百合は、思わずゴホゴホッとむせかえっていた。
当然、そんな様を店の主である乙女が見過ごすはずもなかった。すっかり怯え切って何も言えなくなっている小百合を庇うようにレジカウンターから飛び出すと、男の前に立ち塞がった。
「やめなさい」
「ああ? 何だババア、関係ない奴はすっこんでろや!」
「関係ない訳ないでしょ。柏木さんはうちのスタッフで、それこそあなたには関係ない事です」
「何だと!?」
「大体、どうしてここが分かったの? 弁護士さんから接近禁止だと言われているはずですよ。仕事の邪魔になるのでお引き取り下さい」
「このババア……、この俺が誰だか分かってて言ってんのかよ!!」
男はそう怒鳴ると、煙草を持っていない方の手を伸ばして、乙女を思いきり突き飛ばした。小百合の「店長!!」という悲痛な声が被さる中、ふいに強い力で押された乙女の体は、本来ならばそのままバランスを崩して腰から床に崩れ落ちるはずだった。だが。
「……知らねえなあ。お前みたいな半端なチンピラはよぉ」
背後からしっかりと乙女の体を支え、低い声でそう返したのは正臣だった。小百合をにらみながら怒鳴りつけていた男もずいぶんと悪党ヅラをしていたが、人生の大半を極道の世界で生きてきた正臣にとっては、そんなものはごっこ遊びに等しい。何も臆する事なく、乙女の代わりに男の前に立ち塞がった。
「な、何だテメエは!」
「そっちこそ何だ、こら。見たところ、うちの店長さんや店のお仲間にずいぶんと無体を働きやがって。女相手にしか凄めねえ、このチキン野郎が」
「……何だと、テメエ‼」
正臣の煽りに簡単にキレた男は、火の点いた煙草を何の躊躇もなく正臣の顔めがけて振りかざす。しかし、正臣はその煙草を右手であっという間に奪い取ると、そのまま手のひらの中に握り込むようにして掻き消した。
「は……?」
ジュッと肉が焼ける音まで聞こえて、男は全く平気な顔で煙草を握り潰した正臣を信じられないと言わんばかりに見つめる。だが、それもほんのわずかな間の事で、次に男が感じたのは己の鳩尾に正臣のその右手のこぶしが突き刺さった事により、強く奔った激痛だった。
ぐうっと短く呻いて、男は腹を抱えるようにして崩れ落ちる。それと同時に慌てて自動ドアをくぐってきた天野が「ひいっ」と短い悲鳴をあげた。
「ちょっ、ちょっとあんた! いきなり何やらかして……と、とにかく警察を……!」
目の前で繰り広げられた暴力沙汰に混乱しながらも、それでも何とかスマホを取り出そうとする天野に三人分の声が重なって止めた。
「おい、勝手に
「あ、天野君! そこまでしなくていいのよ!」
「やめて下さい、私の夫なんです!!」
その中でも一番大きく響いたのは、レジカウンターの中で今も縮こまっている小百合の声であった為、正臣は「は……?」と間抜けな声を出して彼女を見やった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます