第42話

昼時をだいぶ回った頃合いになって、正臣はふて寝から目を覚ました。


 くああっと大きなあくびをしながら体を起こすと同時に、腹の虫が大きく鳴った。ほんの少し前だったら昼メシは事務所から出前を取るか、舎弟どもに買いに行かせるかして、自分がわざわざ手間暇をかける必要などなかったのだが、潜っている身である上、雫との約束もあるから、ちょっとそこまでと気軽に出かける事すらできない。


 かといって、このまま夜まで何も食べずにいられる訳がないからどうしたものかと考えていたら、ふと正臣の脳裏に今朝方別れた乙女の言葉が蘇ってきた。


『永岡さん。もしよかったら、これ食べちゃって? 新商品の試供品なんだけど、私達だけじゃ食べきれないのよ』


 そう言って乙女が差し出してきたのは、『豪華絢爛!幕の内弁当』と書かれたコンビニ弁当だったが、その時正臣は首を横に振って断った。「店長さん。極道は潜らせてもらうような事はあっても、それ以上の施しを受けたら漢が廃るってもんなんですよ」などとカッコつけて。


 しかし、そんなカッコつけは料理一つ満足に作る事もできない上、空腹感を全く隠そうともしない腹を抱えた今の正臣には酷だった。今思えば、あの幕の内弁当、かなりうまそうだったもんなぁ……そう思ったら、また正臣の腹は盛大な音を奏でた。


「……よしっ!」


 決心して、正臣は立ち上がった。


 店まで行って、弁当を頂いてくるだけだ。これならお嬢との約束を破ったうちには入らねえし、そもそも腹が減っては今夜の仕事シノギもできねえ!


「それにもっとよく考えてみれば、施しなんて言い方は失礼だったしな……」


 誰に言うでもなくぽつりとそうつぶやくと、正臣は素早く服を着替えて部屋を出る。それと同時に、右隣の部屋のドアもガチャリと開いた。


「あ、お前……」

「ひっ!?」


 正臣の声に、目が合ってしまった天野がびくりと肩を震わせて短い悲鳴をあげる。おいおい、今朝の勢いはどこ行ったんだよと心の中で突っ込んでから、正臣はさらに言葉をかけた。


「何だよ、お前も幕の内弁当もらいに行くのか?」

「えっ!? ち、違いますよ! 僕は今から出勤なんです! あんたみたいな引きこもりニートの子供部屋おじさんと一緒にしないで下さい!」

「ああ? 何だって?」

「だ、だ、だってそうでしょ!? 試作品のお弁当だけじゃなくって、あ、あ、あまつさえ、雫ちゃんの手作りの朝ごはんまで……何てうらやま、じゃなくて! 卑しい真似を!!」


 天野の口から、また雫の名前が出る。空腹感も手伝って、こめかみのあたりがぴくぴくと蠢いてしまった正臣は、がしりと天野の肩口を掴んで引き寄せた。


「おい、天野ちゃんよぉ……。お嬢の名前を軽々しく呼ぶからには、それなりの覚悟ってもんがあるんだろぉ? 出勤がてら、その辺の事をきっちり聞かせてくれやぁ」

「え? ちょ、何言って……離して下さいよぉ!」

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