第37話
翌朝の午前五時半。『ハッピーマート所橋一丁目店』の店先で、この日の朝勤担当である乙女と柏木小百合がとてもタイミングよく鉢合わせた。
まだ日も昇り切っていないので周囲は薄暗く、人影もほとんど見受けられない。まだ大半の人間が夢の中にいると言っても決して過言ではない時間なのに、乙女と小百合の顔には健康的な赤みが差しており、その表情も明るかった。
「おはようございます、店長」
「あら、おはよう柏木さん。今日も元気いっぱいね」
「病気なんてしているヒマないですよ。今日もよろしくお願いします」
『ハッピーマート所橋一丁目店』の朝勤の出勤開始時間は、午前六時からとなっている。本来ならまだ三十分ほど時間に余裕があるのだが、二人はコンビニにおいて最も重要で大量とされている仕事を担っている為、大体これくらい早めに出てくるようにしていた。
「さて、柏木さん。分かっているかしら?」
「ええ、もちろん」
互いを見つめ合う二人の女の顔に闘志が宿る。その声色にも気合いが満ち溢れていた。
「明日から始まる新商品に割引サービス対象のFF商品、並びに今週の目玉フェアで一番人気が予想されるスペシャルスイーツの全面発注ですよね、店長!」
「ええ、そうよ! しかも今週は天候も著しく不安定で、どの曜日に大雨が降ってくるかいまだに見当が付かないわ! 慎重に予想しつつ、大胆かつエレガントな数量の発注をお願い!」
「了解です!!」
これは別にコンビニに限らず、全ての小売業に勤しむ者達が常に頭を抱える問題である。世の中の情勢、流行、果てには気まぐれな天候によってその日の売り上げが大きく左右されるので、発注を担当するとなると絶えずひどい緊張感と戦う宿命をその背中に負う事となる。
どの商品をどれだけの数だけ入荷するべきか。どの棚にどれだけ陳列しておくか。多すぎても少なすぎてもいけない、ちょうどいい塩梅など決して存在していないだけに、本当に難しい作業だ。
そんな発注担当を三年以上も担ってくれている小百合は本当に頼もしいと、乙女は心底思った。やっぱりあの日、あんな家から彼女を連れ出してきてよかった。
「よし、じゃあ今日も気合いを入れて頑張りましょう!」
乙女が持っていたスマホの液晶画面をちらりと見ると、五時四十分を少し回っていた。うん、ちょっと早いけど勤務初日で疲れてるだろうし、永岡さんにはもう上がってもらおう。一生懸命頑張ってくれたはずだし、コーヒーくらいおごってあげようかな。
そう思いながら、乙女は小百合と一緒に『ハッピーマート所橋一丁目店』の入り口自動ドアをくぐった。もちろん、「おはようございま~す!」の元気の良い挨拶も欠かさずに。
だが、そんな乙女の挨拶に返ってくる声はなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます