第36話

「グループLINEで大体の事は聞いてる。あんた、中学で両親に死なれた上、転校先の学校でひどいいじめを受けたんだってな。それからずっと養子縁組してくれた家に引きこもって、そこの親戚のおじさんと以外、誰とも口をきかなかったって……」


 なるほど。それが俺がこの店に潜る上で、最終的に固めた設定って奴か。まあ、半分は本当の事だし、だったらもう変に否定せずに流れに乗っかってしまおうと、正臣はわざと浩介から目を逸らした。


「……何だ? 何ぞ文句でもあんのかぃ?」


 少し声の大きさを抑えて、正臣は言った。


「言っとくが、俺はこれまでの人生、砂粒ほども後悔しちゃいねえぜ。おやっさんに拾われてなきゃ、とっくに野垂れ死んでたんだ。だから、今はおやっさんの為に生きるのみよ」

「そう思ってんなら、もうちょっと賢く生きる術を身に付けろよ。まずはその言葉遣いをどうにかしろよな」


 不愛想な顔を少しも崩そうとしない正臣に呆れたのか、浩介はやれやれと肩をすくめる。しかしそれでも、彼は決して正臣から目を逸らさなかった。


「いくら引きこもってたからって、日がな一日中の任侠映画鑑賞が趣味だっただなんて、その後の人生に大きな影響が出るとは思わなかったのかよ……」

「何だと、こら! てめえ、文太さんや小沢さんをバカにするとシメるぞ!! 任侠映画はこの上ない、俺のバイブルじゃ!!」

「実際問題、今のあんたは接客業を務めるにはマイナス100億点が余裕で付くくらい不合格だ。それじゃ、体調を崩したっていう親戚のおじさんに余計な心配かける事になるんじゃねえの?」


 まっすぐにこちらを見据えてそう言ってくる浩介の言葉が、無防備だった正臣の胸元にサクッと突き刺さった。


 そうだ、おやっさん。俺がこの店で優也の言う通りにして潜っていないと、相良組の看板に泥を塗る事になる。それはすなわち、おやっさんに死んでも拭い去れない大恥を抱え込ませるも同義で……。


 おやっさん、今頃どうしていますか? この世に生まれ落ちてきた瞬間から、極道の世界に生きてこられたお方だ。慣れねえ堅気の生活に苦労していやせんか? 小難しいところもある優也の説明を聞いて、うまい事堅気の仕事をこなしていらっしゃいますでしょうか……?


 本来なら、自分が誰よりも側にいてお守りしなくてはならないのに、一人で突っ走って萩野組にカチコミをかけたばかりに……。


 そう思った瞬間、正臣は勢いよくその場に両膝を付くと、浩介に向かってきれいな形の土下座を決めた。当然浩介は驚いたが、何か声を発する間もなく、正臣が口を開いた。


「生意気言ってすんませんでした、新本さん。俺は尊敬するおやっさんの為にも、絶対にこの店で頑張らなきゃならんかったのに、自分の不器用さを棚に上げて、その事を失念しておりました」

「え……?」

「これからはあんたの事、アニキと呼ばせていただきやす。どうかこの半端者に、コンビニの全てを教えてやって下さい!!」

「はぁ!? いや、あんた何言って」

「お願いします、新本のアニキ!!」


 極道の世界では、どんなに年下であろうとも、大きな手柄を立てた者が全てを手に入れる。浩介が『ハッピーマート所橋一丁目店』で一番の古株であり、かつ自分に教えを施すのであればと、正臣は床に額をこすり付けんばかりに頭を下げ続けた。


 浩介も最初は正臣のそんな態度に少し引き気味の表情を浮かべていたが、やがて「分かったよ」と少し間を置いてから言ってくれた。


「俺もあんたと似たような経験してるし、あんたの気持ちは分かってるつもりだ。だから、頑張りたいだけうちの店できっちり頑張っていけよ。分かんねえ事は、俺が全部教えてやるから」

「……っ、ありがとうございます! 新本のアニキ!!」

「とりあえず今は、その土下座とアニキってのをやめてもらえるか? 防犯カメラにもばっちり映ってるからさ」


 防犯カメラ。その単語に大仰なほどに反応した正臣は、がばっと全身を置き上がらせると、店の天井の何ヵ所かに付けられているそれらをにらみつける。そして「悪いですが、あれ全部壊させてもらいます。俺のメン、映されるとマジでヤバいんで」などと言って本当に壊そうとしたものだから、また浩介にこっぴどく叱られる羽目になった――。

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