第35話

もちろん、それだけではすまなかった。


 レジなんて生まれて初めて触るものだから、何が何だかさっぱり分からない。ずいぶんとカラフルなタッチパネルがいくつも液晶画面に並んでいて、事細かな分類に分けられている上、今日中に全部覚えろと浩介に言われれば。


「悪いな、新本さん。俺の最終学歴は中学中退でな、暗記はちょいと苦手なんだわ。世の中は弱肉強食、シンプルイズベストじゃダメなんかぃ?」


 レジスキャナーでバーコードの読み取りをしてみろと言われれば。


「なるほど。この獲物で商品価値を表すってのか。でもよ、こんなショボい値段で売っちまっていいんですかぃ? ゼロが二つ三つ足りないと思いやすがね」


 余計な事を口走るな、次は床掃除をやってみようかと言われれば。


「おいおい。掃除なんて一番下っ端の舎弟がやるもんだろうが。だいたい何だよ、このボロッちいほうきとモップは。こんなんじゃいざカチコミされた時、大した武器にもならねえぜ。せめてヌンチャクかトンファーはねえんですか?」


 トドメに、納品業者からの補充商品が届いた時などは。


「おお、ありがてえ。どこかの組からの差し入れですかぃ? いや、もしかしたら萩野組の罠って可能性も……俺が毒見するから、新本さんは下がってろ!」


 と、まだ検品も済ませていない弁当を開けて食べ出す始末。これらに新本の堪忍袋の緒が切れるのは早かったが、『ハッピーマート所橋一丁目店』一番の店員の自負から、午前一時を回って、店内に客が一人もいなくなった頃合いを見計らってから盛大にキレた。


「……あんたさ、いくら何十年もニートやってたからって何も知らないにも程ってもんがあるだろうが!! コンビニの厳しさを教える以前に、人としての常識を教える必要があるのか!?」


 店内の空気をびりびりと震わすほどの浩介の怒気に、それまでただの堅気のガキだと思っていた正臣の背中にゾクゾクと喜びにも似た感覚が迸った。


 このガキ、千人殺しのマサと呼ばれた俺にここまでの啖呵を切ってみせるとは、なかなか見所があるじゃねえか。今回の件でほとぼりが冷めたら、おやっさんや優也に話して、こいつを相良組にスカウトするのも悪くないかもしれねえな。


 まさか叱られているだなんてこれっぽっちも思っていない正臣は、にやにやと品定めをするように浩介を見やる。一方、浩介もそんなふうに思われているだなんて全く知らないまま、大きなため息をついた後で「あんたの話を聞いて、全く気の毒に思ってない訳じゃないんだからさ」と、どこか情けをかけてくるような声色で言ってきた。

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