第二章

第34話

「……いらっしゃいませ、こんばんは! 何にされますか?」

「セッターのソフトを二箱と、おでんの大根と玉子を二個ずつとがんもとこんにゃく一個ずつ。あとジャンボポークフランクをペッパー付きで。ああそうだ、冷コーのSをいつもの配分で」

「はい、ありがとうございます! ……おい、永岡さん! 今ご注文いただけた品、ちゃちゃっとご用意する! ボケッと突っ立ってんな!」


 午後十時。『ハッピーマート所橋一丁目店』夜勤の仕事が始まった。再び2Lサイズのユニフォームに袖を通した正臣はにやにやと笑いながらずいぶんと余裕ぶっていたが、それもわずか五分の間だけの事だった。


 住宅街のど真ん中に位置しているだけあってか、深夜に近い時間帯になっても客足が一定数以下に落ちる気配が微塵もない。始めは乙女も正臣の事が心配だったのか居残ろうとしてくれていたものの、浩介の「店長はもう休んで下さい」の言葉が遮った。


「店長、最近働きすぎです。この間だって少しふらついてたじゃないですか。夜勤は俺と永岡さんに任せて、もう寝て下さい」

「で、でも、新本君……」

「安心して下さい、店長。研修なら、この俺が一晩で全部叩き込んでやりますから」


 はっ、何を言ってやがるんだ。この生意気なガキが。俺が相良組の若頭に昇り詰めるまでに、どれだけの修羅場をくぐり抜けてきたと思ってやがる。チャカヤクの取り引きに比べりゃ、この程度の注文なんぞ……そう思っていた瞬間が、今となってはひどく恨めしく思う正臣だった。


 セッターと冷コーが何を表しているのかは分かる。だが、レジの背後の壁に設置されたタバコ棚に並ぶ在庫は軽く見積もって200種類以上あり、どこに何があるのか全く分からない。ボタン一つで作れるとか言っていたコーヒーマシンも、どのボタンがどれに当たるのかも全く見当が付かない。


 仕方なしにおでんの鍋からやっつけようとした正臣だったが、「あれ? 何がいくつだったんだ?」とすっかりド忘れしてしまい、トングとおでん用のパックを持ったまま固まってしまう。それに業を煮やした浩介が、「ああ、もう! ジャンボフランクだけでいいからホットケースから出して!」と少し声を荒げて言うものの。


「どれがジャンボなポーク〇〇〇ドキューンか分からんわ! てめえのをちょん切って食っとくように言っとけ!!」


 と、店内にいた女性客全員が顔を真っ赤にするような言葉を大声で返してしまい、ジャンボポークフランクを注文したサラリーマン風の男性客は思わず前屈みの内股になってしまった。

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