第33話

本当に、たった今しがた起きたばかりなのだろう。タンクトップに半パンといった何ともだらしない格好だし、少し長めの髪は寝ぐせが付いてボサボサ。おまけにまだ寝足りないと言わんばかりに、半分ほどしか開いていない両目はしょぼしょぼとしていて、きちんと正臣の事を捉え切れていない様子だ。


 何だ。お嬢があんまり言うもんだから、どれだけ気合いの入った兄ちゃんかと思いきや、優也の方がよっぽどマシだと思えるようなシャバ憎じゃねえか。いやいや、優也は相良組のトップになるべく育てられてきた超優秀な人材だ。コンビニのバイトなんぞをやってるような奴と一緒にしたら、あいつやおやっさんに失礼か……。


 ふわあっと大きなあくびをする目の前の男の様に耐えきれず、正臣は少し顔を背けながら、ふふっと小さく笑う。その瞬間だった。男がぴくりと眉を吊り上げたのは。


「おい」


 男は、口元に嘲笑を浮かばせたままの正臣に向かって、少しいらだった声を出した。


「何がおかしいんだよ?」

「……あ?」

「笑ってたろ、今」


 ドアの外から一歩踏み出し、男は正臣を見上げる。その身長差は明らかに正臣の方が上であったが、男は決して怯む事なく鋭い眼光を向けてくる。だが、そのような事など、正臣にとっては児戯じぎも同然であり、すかさず同じくらいの眼光を返し始めた。


「いや、すんませんねえ。どんなお人が出てくるかと思ってちょいと緊張してましたら、あんまりにもつまんなかったもんで、つい」

「は?」

「『ハッピーマート所橋一丁目店』一番のお方だと聞いてたんですよ、こっちは。でも、しょせんはコンビニ。井戸の中のかわずってところですかい? さぞかし、簡単で楽なお仕事なんでしょうが、俺にも事情ってもんがあります。ちゃちゃっとノウハウを教えてもらっていいですかい? 一時間……いや、十分で覚えてやりますよ」


 本当なら死ぬほどごめんな事なのだが、相良組を新たな形に立て直したいという優也の希望に添う為、それによっておやっさんに決して揺るぎない盤石の土台シマをお渡しする為。そして何より、お嬢の身の安全を守り切る為にやり遂げてみせると、正臣はさらに気合いを入れて男をにらむ。


 男はほんの少しの間、そんな正臣の視線を受け止めていたが、やがて心底呆れ返ったかのように長いため息をつくと、「俺は、新本浩介にいもとこうすけだ」と名乗った。


「すぐに支度するから、もうちょっと待ってろ。午後十時から出勤だからな」

「ああ、よろしくお頼み申します。新本『さん』」


 『さん』の部分をわざとらしく強調して言ってきた正臣に、男――浩介は、再びため息をつく。そしてくるりと部屋の中に踵を返しかけたが、ふと肩越しに振り返って「言っておくけど」と言葉を放った。


「何にも知らないようだから、忠告しとくぞ」

「あ? 何をですか?」

「……あんた、コンビニ舐めすぎだよ。そんなに望むなら十分で教えてやる、コンビニの厳しさって奴をな」


 そういった浩介の声や顔には、確かに怒気が宿っていた。

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