第30話
とりあえず、永岡さんは今日の夜勤から研修という形でシフトに入ってもらうわね。それまでは、雫ちゃんと兄妹分二人でゆっくりしてて? 雫ちゃんも、今日のシフトは私が代わるから、永岡さんと一緒にいてあげてね。この寮の事もいろいろと教えてあげてちょうだい。
最後にそう言って、乙女は『ハッピーマート所橋一丁目店』へと戻っていった。残された正臣と雫は、乙女の部屋の前でしばらく互いを見やっていたが、やがて雫の方が折れる形で二つ隣にある自分の部屋へと案内した。
「一階は女性専用、二階が男性専用になってるの。間取りはどこの部屋も大体同じで、台所とお風呂とトイレはちゃんとついてるけど、洗濯機と物干し竿は曜日別の共同使用だからね。ちなみに月・水・金が女性で、火・木・土が男性って順番になってるから……て、ちょっとマサ、聞いてるの!?」
いくら物心つく前から知っていて、兄妹の契りを交わした仲とはいっても、実に数年ぶりの再会なのである。雫も高校生という年頃になったし、正臣も以前よりますます男っぷりが上がって、どうしても懐かしさより先に気恥ずかしさが出てしまう。それを悟られないようにと、自分の部屋に入った時から雫はずっとしゃべりっぱなしだったのだが、当の正臣からは何の反応もない。
自分一人がバカみたいだと、むうっといらだった雫が後ろに付いてきていたはずの正臣を振り返ってみたが、彼はそこではなく、部屋の右隅に置かれているとても小さな位牌と遺影の前にいた。
乙女に頼み込んでいた時よりもさらに居住まいを正して、正臣は位牌と遺影をじっと見つめる。その遺影には、雫にとてもよく似た着物姿の妙齢の女性の凛とした顔が写っていた。
「姐さん、大変ご無沙汰致しておりやす。正臣でございます」
正臣は遺影へ向かって、深々と頭を下げた。「あ……」と呟いた後、雫も正臣の斜め後ろに座って、遺影をじっと見つめる。
「久しぶりでびっくりしたよね、ママ。ごめん、まさか私もこんな事になるとは思ってなくて」
「俺もですよ、お嬢。こんな形で、姐さんと再会なんてしたくなかったです」
相良孝蔵の元妻であり、優也と雫の母親でもあった
晶子の葬儀に優也は参列したものの、正臣と孝蔵は香典だけを送り、決して出向かなかった。晶子は極道の妻だったという事を伏せ、亡くなるその日まで堅気として生きていたのだ。自分達が出向けば、地域に根付くまで並々ならぬ苦労を重ねてきた彼女の顔に泥を塗る事になると考慮しての判断だったが、それすらも雫が反発する理由になってしまった。
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