第27話

「私の夫はコンビニの他にも、ボランティアで保護司をやっていてね。このアパートも元は保護観察が必要な方に貸し出してたものだったのよ。それも夫が亡くなった事で保護司も辞めちゃったものだから、空っぽになったここをどうしようかなって思ってた時にひらめいたのよ。従業員専用の寮にしちゃえって。それが一年くらい前で、そのすぐ後だったわ。従業員募集の張り紙を見て、雫ちゃんが来てくれたのは」


 正臣はふてくされたままの雫を横目でちらりと見た。


 一年前と言えば、雫が高校に入学した時期と一致する。その頃の正臣は、とある地方組織との面倒な交渉ごとに長い時間をかけてしまい、相良組の事務所にいない日数の方が圧倒的に多かった。当然、雫が高校の寮へと入る日に見送りもできず、LINEメッセージに簡単な挨拶文を送っただけで済ませてしまった。


 雫の言った通り、彼女が入学した高校は全国のヤクザが御用達としている特殊な癖のある学校だった。それなりに普通の授業もあるにはあるが、将来のヤクザ稼業を背負って立つであろう若者達の養成機関的な役割を担っているし、聞くところによると、定期的に組同士の子供達の出会いを促す見合いパーティーも開かれるらしい。相良組の跡取り候補として育てられた優也も、この高校を文句なしの首席で卒業している。


 だが、物心ついた頃よりヤクザの家に生まれ落ちた事を嫌がっていた雫にとっては、知らずに進学した高校がそのような所であった事はきっと耐えがたいものであっただろうと、正臣は容易に想像する。しかし、だからといって。


「お嬢。そのご様子ですと、今の高校はもしかしてお辞めになるおつもりですかい?」

「できる事なら、そうしたいんだけどね!」


 正臣の質問に、雫はそっぽを向いたままで答えた。


「そんな事したらあのクソ親父、うちの組員総動員させて、手段を選ばず邪魔してくるに決まってるじゃない。下手したら、次に編入しようって決めた高校の校舎を放火しかねないわ。だから、寮からの家出だけで済ませてんのよ」

「懸命なご判断、ありがとうございます。しかし、おやっさんのお気持ちも汲んでやって下さい。姐さんがいなくなって、お嬢にまで何かあったらと心配なだけの親心なんですから」

「仕送りと称して、大量の見合い写真を毎回送りつけてくるのが親心ねぇ……」


 全く信じられないんだけどと呟いた後で、雫は乙女の方に向き直り、「私とマサの事、兄が頼んできたんですよね?」と確認するように訪ねる。それを聞いて、乙女はこくりと頷いた。

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