第26話

小一時間後。小百合と天野に店番を任せた乙女は、正臣と女の子を連れて『ハッピーマート所橋一丁目店』のすぐ裏手にある自分の家へと向かった。


 いや、家というよりは小さなアパートだった。築二十五年くらいだと乙女は笑っていたが、その割にはコンクリート製のしっかりとした造りになっている二階建てのアパートで、各階に四部屋ずつ備わっている。その一階の一番右端の部屋が彼女の居となっていて、二人は1DKのそこへと通された。


 始めは「堅気さんの、しかも女の部屋に入るなんて」と遠慮していた正臣だったが、女の子の「大丈夫よ」とその次の言葉に驚きを隠せなかった。


「店長、このアパートの大家さんも務めてるから」

「え……」

「あと、ちなみにここの住人は全員、うちの店の従業員だから。とは言っても、私と小百合さんと天野君、それからもう一人夜勤担当の男の人しかいないけど」


 正臣は目を丸くした。彼女の言っている事が本当なら、『ハッピーマート所橋一丁目店』は実質五人の従業員しかいないという事になる。そんな事があり得るのか? 相良組の構成員数だって、地方に分かれている支部も合わせれば五百人は下らないというのに……。


 心配そうに女の子の顔を見つめ返している正臣の様子に気付いたのか、四人掛けのダイニングテーブルの席に座るように勧めた乙女が続けざまに言葉を紡いだ。


「大丈夫よ、永岡さん。皆には労働基準法や個々の希望に沿った時間帯で働いてもらってるから、雫ちゃんに無理なんかさせてないわ。まだ高校生だしね」

「店長。やっぱり人手不足なんだし、私ももっと稼ぎたいですから」

「ダ~メ。私がコウちゃんに怒られちゃうわ、高校卒業までもうちょっと我慢して?」


 ね? と小首をかしげるようにして女の子を諭すと、乙女は次に正臣の方に顔を向ける。女の子の隣の椅子にゆっくりと腰を下ろした正臣は、『ハッピーマート所橋一丁目店』を出てからずっと頭の中で渦巻いていた疑問をやっと口に出す事ができた。


「話を聞かせてやって下さい。どうしてお嬢がここにいるんです? お嬢は進学先の高校の寮に入っていると聞いていましたが……」

「あのクソ親父から完全に自立する為に決まってるでしょ?」


 だが、乙女が口を開くよりもずっと早く女の子――相良雫さがらしずくがむすっとした表情で答えた。それを聞いて、正臣は勢いよく彼女を振り返った。


「ク、クソだなんて……お嬢! おやっさんにそんな口をきいちゃダメじゃないですか! 姐さんがいなくなってもお嬢が路頭に迷わずに済んだのは、全ておやっさんのおかげでしょうに!! 今の高校だって、おやっさんが選んで勧めたもんだと聞きました! 学のねえ俺には、実にうらやましい限りで……」

「そうね、教育や生活での資金面に関してだけはありがたく思わなくちゃね? でもね、ヤクザの跡取りとか愛人との隠し子しかいないような高校じゃ、その気持ちも一気に消え失せるってもんなのよ!!」


 ふんっとそっぽを向いてふてくされる雫を見て、乙女は「あらあら……」と苦笑いを浮かべながら続きを話した。

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