第24話
「待って、どこに行くの永岡さん」
「帰らせてもらうに決まってるでしょ。やっぱりこんな場所にいられねえ。てめえで何とかしますんで、どうぞご心配なく」
ぐっと掴んでくる乙女の手の力は中年女性のそれにしては強い方ではあったが、数多の修羅場をくぐり抜けてきた百戦錬磨の正臣からすれば、それでもまだまだか弱いと感じられた。ゆえに軽々と振り払う事もできたし、その様に驚いて身を固くする小百合の横を簡単にすり抜ける事もできた。
後はこのバックヤードの扉さえ出てしまえば、こんなコンビニとも縁が切れる。そう思いながら、正臣が扉を開けようとそこに手をかけたその時だった。
「……おはようございます、遅くなってすみませ~ん!」
「ぐあっ!?」
一瞬、何が起こったのか理解できなかった。突然何者かの声が聞こえてきたかと思ったら、バックヤードの扉が反対側から開かれ、正臣の額に衝撃が走ったのだ。身構える事さえしていなかった正臣の体はぐらりとバランスを崩し、その場に片膝をつく。だが、それもほんのわずかな間の事だった。
……くそっ、油断していた。木下さんに気を取られ過ぎて、扉の向こうの気配に気付かなかったなんて。もしや、萩野組の奴らがもう嗅ぎつけてきやがったのか!? だったら、堅気さんに迷惑をかけねえ為にも今すぐこの店を出ねえと!!
コンマ数秒の間に一気にそこまで思考を巡らすと、まだ痛む額に手を当てながら正臣は立ち上がる。まずは、扉を開けてきた野郎だ。この額の痛みの兆倍は返して、そのまま店の外まで引きずり出してやる。そう思いながら、鋭い眼光を前方に向けると。
「……え? マサ? 何でここにいるの?」
「は……?」
先ほどは扉越しだったから分からなかったものの、今はすぐ目の前にいるその人物からの耳ざわりのいいソプラノの声に、正臣は懐かしい人影を重ねた。
ああ、あの方は黒地に鶴の絵柄が施されたお着物が本当によくお似合いだった。照れちまって上手く褒める事のできないおやっさんに代わって、和風美人とか古き良き時代の女とか、学のなかった自分でも何とかお褒めの言葉を紡ごうと必死になってた頃もあったっけな。そんな俺の情けねえ
正臣はその懐かしい人物にもかつてやっていたように、素早く両足を軽く開いて前かがみの姿勢を取る。そして、大きな声で目の前の人物に頭を下げながら声をかけた。
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