第23話
「何でさっきは、この柏木さんってお人を助けなかった?」
「え……」
「女が筋の通らねえ奴にひどい目に遭ってたら、黙って助けてやるのが男ってもんだろ。なのにてめえときたら、知らんぷりして接客か? ずいぶん腰抜けな真似をしてたじゃねえかって言ってんだよ」
ああ? と凄みを聞かせて天野をにらみつける正臣。天野がぐっと息を詰まらせて携えていたモップの柄を握り込むのを見て、乙女と小百合が慌てて口を挟んだ。
「永岡さん、ダメよそんな事言っちゃ」
「そうですよ。私一人の為に、他のお客様をお待たせする訳にはいかないんです。天野君の対応は間違ってませんでしたよ?」
「お二人は黙っててくれねえかい? 俺はこいつの男としての素質のなさに呆れ返ってるんで……」
全く。ここが極道の世界だったら、こんなもやし野郎は存在どころか、呼吸する事さえ許されねえぞ。マグロ漁船に乗せる前に魚のエサになるのがオチだな。そう思いつつ、もっと何か言ってやろうと正臣が大きく口を開こうとした、その瞬間。
「……な、な、何十年も引きこもりニートをしていたような子供部屋おじさんに、と、と、とやかく言われたくありません! ま、真っ当な社会人になりたかったら、ま、まずは先輩である僕の言う事を聞いて下さいよね!!」
ヤケにでもなったのか、言葉は所々詰まっていたものの、顔を真っ赤にしてそう言い切った天野はバックヤードの一番奥にある掃除用具室の方へと行ってしまう。そんな彼をぽかんと見送っていた正臣だったが、やがてゆっくりと乙女の方を振り返って「説明してくれますかい……?」と低い声で言った。
「誰が何十年と引きこもってたニートだって……?」
「あら? そうだったんじゃないんですか?」
ひくひくと頬を引きつらせている正臣にトドメを差すかのように、小百合が言った。
「この間、市から派遣されたって言ってた就職支援団体の人が、永岡さんの事をそう言ってましたよ? 就職一年目で見事挫折して、それから二十年近く引きこもってた挙げ句、仁侠映画ばかり観てたせいで見た目や言葉遣いがひどく悪くなっちゃった方だけど、お父様の体調不良を見かねて、ついに社会復帰する気になったって」
「は……?」
「それでこの店に来てくれる事になったんでしょう? 相良って名前の若い男性の方が、私達皆にそう説明してくれましたけど……」
優也あ~~! あの野郎、訳の分からねえ設定をこれでもかってくらい盛り込みやがって!! 粉の取り引きだって、ここまで盛ったりしねえぞ!!
やっぱり無理だ。限界だ。おやっさんの顔に泥を塗っちまうかもしれねえが、こんなアホくさい設定盛られて、そんな人間だと思われながら居座るなんてできるか。俺は極道に生きる男、千人殺しのマサなんだぞ!!
「俺はこれで失礼しますぜ」
正臣はくるりと背中を向けると、バックヤードの扉に手をかける。その手を、乙女の少しむくんだそれが掴んで離さなかった。
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