第22話
「……あ、あのっ、先ほどはありがとうございました。おかげさまで助かりました」
店内の混み具合もひと段落付いた頃、乙女に引っ張られて再びバックヤードに連れていかれた正臣の背中の向こうから、少し引きつったような甲高い声が聞こえてきた。一瞬目を丸くした後、正臣がくるりと振り返ってみれば、先ほど男に絡まれていた女性店員がそこに立っていて、深々と頭を下げてきた。
「あんた……」
「か、
そう言ってから、女性店員――小百合は下げていた頭を勢いよく上げた。年の頃は正臣と同じくらいだろうが、数多の修羅場をくぐり抜けてきた生粋の極道である正臣とは全く正反対の、華奢で小ぢんまりとした体格をしている。ユニフォームの袖から伸びる両腕もか細く、おとなしそうな顔立ちをしているから、これまでもさぞかしああいう輩に悩まされてきたんだろうと、正臣は小さく息をついた。
「別にあんたを助けたつもりはねえぜ、俺は」
ふいっとそっぽを向きながら、正臣はぶっきらぼうに言った。
「ただ、同じ男としてあのおっさんの態度が気に食わなかったってだけの話よ。あんたも客商売してる身なら、もうちょっとどっしり肝を据えろ。また同じ目に遭うぜ?」
「す、すみません。新人の方に、そんな気を遣わせてしまって」
「あ? 誰が新人だ?」
「え? 誰って……」
自分の言葉の何がおかしかったのかと、小百合はきょとんとして、正臣の隣にいる乙女に顔を向ける。それに気付いた乙女はイタズラを思いついた子供のように、にこおっとと笑った。
「そうよ、柏木さん。この人が先日、前もって話してあった新人の永岡さん。明日から入る事になってるから、よろしくね」
「ああ、やっぱりそうだったんですね。よろしくお願いします、永岡さん」
は? 前もって話してあった?
正臣は自分の
今すぐ優也に確認してやろうとスーツのポケットからスマホを取り出そうとする正臣だったが、それとほぼ同じタイミングでバックヤードの扉が開かれた。入ってきたのは、先ほどの男が汚した床をモップでていねいに掃除したもう一人の男性店員だった。
「店長、床の掃除終わりました。お客さんも引いて、お店は今、誰もいません」
「そう。
正臣や小百合より、明らかに十歳以上年下と思われる若い男性店員だ。正臣と同じくらいの身長を誇っているが、何故か視線は常に下を向いていて、歩き方もとぼとぼと何だか頼りない。それがまた癪に障って、正臣は「おい、にーちゃん!」と声をかける。当然、天野君と呼ばれたその男性店員はびくりと全身を震わせるが、正臣はお構いなしで言葉を続けた。
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