第21話

「あ~あ。おいおい、どうしてくれんだよ?」


 自分がやった事だというのに、男は一切悪びれないどころか、床に落ちて何かの汁が漏れ出した袋を見つめながら言った。


「あんたの対応がクソ悪いせいで、せっかく買った物が台無しじゃねえか。こりゃもちろん、弁償ものだよなあ?」

「そ、そんな……今のはお客様が」

「ああ!? 何か文句あるのか!?」


 男の大きな怒鳴り声に、女性店員がビクッと全身を震わせる。それを見て「これ以上はダメね」と呟いてから、乙女がレジへと向かおうとしたが、彼女よりもずっと早く正臣が動いていた。


「おい、おっさん。そこまでにしておけや」

「ああ!? 関係ねえ奴は引っ込んで……」


 突然背後から声をかけられた男は、いらだちとその勢いのまま、くるりと振り返る。だが、そこにいたのは、彼がこれまで一度として出会った事のないすさまじい圧と迫力を放っている眼光鋭い人間だったものだから、一瞬と間を空けずに男は硬直した。


「あ、あっ……」

「おっさん。あんた、本当のクズに成り下がりてえのかい?」


 とびきり低い声を出して、正臣は言った。


「今時、こんな陳腐な脅し文句を聞く事になるとは思わなかったぜ。半グレ連中だって、もっとうまく頭を使うっていうのによ……」

「な、な、何言って……あんたには、か、関係……」

「だからってこんな真似を見過ごしてたんじゃ、俺の中の筋って奴が通らねえんだよ!!」


 男が出していたよりもさらに大きな正臣の怒号は、フロア中の空気をびりびりと震わせる。特にショーケースのガラス戸はびりびりっと細かく震えるほどであり、それを目の端に捉えていた女性店員の口から「きゃっ」と焦るような声が漏れた。


「あ、あっ……」


 極道とは知らないものの、正臣の圧倒的な迫力に完全に押し負けてしまった男は、汁物で汚れてしまった床にぺたりと腰を落としてしまった。その様はまるで漏らしてしまったかのように見えて、それを察したのか何人かの客から押し殺したような笑い声が聞こえてくる。


 正臣はそのままじろりと男を見下ろしたままで、言った。


「このねーちゃんの言う通りにしな。無理なワガママは通すもんじゃねえ」

「は、は、はいっ……」

「あと、そのあんたの根性と同じくらい汚いもんも片付けて、とっととねや。これ以上、他の堅気さんに迷惑かけたり、みっともねえ醜態晒してんじゃねえ」

「は、はいいっ!」


 心底怯えてしまったらしい男は、腰を抜かしながらも自分で汚してしまった袋や床を服の裾で磨き始める。それを見て取ったのか、これまで他の客の対応に追われていた男性店員が「お客様、すぐモップを持ってきますんで!」と慌ててバックヤードに走っていく。


 事の成り行きをずっと見守っていた乙女は、男性店員がすれ違っていく際、一人こう呟いていた。


「……うん。やっぱり永岡さんはここで預からなきゃ。ね、コウちゃん」

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