第20話
バックヤードの扉を潜り、再び店のフロアへと戻ってきた正臣の目に飛び込んできたのは、先ほどよりももっとすさまじい喧噪の風景だった。
「すみません、公共料金の支払いお願いします」
「えっと~……オリジナルチキンを二つ、いややっぱ一つと~。アイスコーヒーのMをガムシロたっぷりミルク少なめで一つ。後はタバコで~……」
「ちょっとぉ、コピー機の使い方教えてほしいんですけど~!」
「だからぁ~、そのポイントカードってもんは持ってないんだっての。いいからさっさと会計しろよ」
ちょうど夕方に差しかかってきた時間だ。おそらくこのコンビニで一番忙しい時間帯なのだろう。レジ前どころかフロア一帯、たくさんの客で溢れている。だが正臣の目には、どいつもこいつもしかめ面で好き勝手な事を口走っているようにしか見えなかった。
「ふん、みっともねえ連中だぜ」
正臣がぽつりと呟いたのを、隣にいた乙女は決して聞き逃がさなかった。「どこが?」と問うてみれば、正臣の口からふんっとバカにしきった息が漏れる。
「だってそうだろ? 俺達極道の中で、こんなうるせえのはせいぜい抗争の時くらいだ。普段から上下関係や立場ってものがきっちりしていて、好き勝手な言動なんぞ決して許されねえ。なのに、あの客どもはもちろんの事だが……」
正臣の目は、レジの中の二人に向けられている。この喧騒の中、相変わらず接客業務に邁進しており、ニコニコと愛想のいい笑みを浮かべながら騒がしい客達への対応に追われていた。
「はい。こちら代金とは別に手数料も込みのお支払いとなりますが、大丈夫でしょうか?」
「はい、ありがとうございます。おタバコはこちらでよろしいでしょうか?」
「すみません、もう少々お待ち下さい」
「大変失礼致しました。それではお会計が……」
全く、本当にみっともねえ。あれだけ好き勝手言われて腹を立てねえどころか、へらへら笑っていやがって。極道は舐められたらおしまいの世界だが、まさにここはその底辺じゃねえか。舐められてナンボの所にこれ以上身を置いていられるか。フロント企業だが何だか分からねえが、優也には「俺には全く不向きだったから遠慮させてもらうわ」とでも言って、おやっさんに頭を下げに戻るか。
そう思いながら、正臣が乙女から数歩分離れたその時だった。
「ああ!? もういっぺん言ってみろ、このクソ店員!!」
「で、ですから……レジシステムの都合と店の規則で決まってまして、ポイントカードの後付けはできない事になってるんです。なので、お会計が終わった後で出してもらっても……」
「だから、そのポイントカードが出てきたんだから、やってくれればいいだろうが!!」
「で、ですから……」
喧噪の中、ひときわ響いて聞こえる怒号の方を振り返ってみれば、二つあるレジの右側に立っていた中年の男が、少し痩せ気味な女性店員に向かって喚き散らしているのが見えた。男はこの店のポイントカードらしきものを振り回しながら詰め寄っており、女性店員も困った顔をしながらも毅然と対応していたのだが。
「やっぱ、クソ店員じゃ話にならねえな!! 店長呼んでこいや、店長を!!」
いらだちがピークに達したのか、男がレジカウンターに置かれていた自分の買い物袋を思いきり薙ぎ払った。中に何が入っていたのかは分からなかったが、床に落ちてしまった袋からはガチャアンと割れるような音が聞こえてきて、それまで嫌な表情を浮かべながら静観していた他の客達から短い悲鳴が出た。
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