第19話
だがしかし、乙女や優也が言っている事も事実だ。
十三の年で相良組に引き取られて以降、極道という世界でのみ生きてきた。この世界でのし上がり、大恩ある孝蔵が日本一の極道の男となる手伝いをする。それこそが正臣にとっての存在意義であり、生きる目的であり、そしてまさに彼の中の極道を貫く為に必須な事であった。
そんな生活を二十年以上送ってきたのだ。今更シャバの空気が恋しいとも思わなければ、堅気に戻りたいとも思わない。余生や老後なんて生ぬるい言葉など、自分には全く縁遠いものだ。ベッドの上で心安らかに逝けるだなんて考えた事は一度もなく、抗争の果てに死んじまうか、それとも六十になるまでにダイナマイト腹巻きで警察署に特攻をかける最期になるだろうと本気で考えていた。
そんな生き方が、優也の言う通り「視野が狭すぎる」というのなら、敢えてそっくりそのまま受け入れてやる。上等だ。俺はこの道でのみ生きてきたし、これからもそれは永劫変わる事はない。それで自分の中の極道を貫き、極められるなら、世間知らずの引きこもりと罵られようが大いに結構というもの。
なのに優也は、そしておやっさんは、そんな俺を良しとしなかったばかりか、こんなへんぴなコンビニなんぞに俺を……!
「……悪いが、帰らせてもらうぜ」
少し時間を置いた後、正臣はゆっくりと立ち上がり、無理矢理着させられていたユニフォームを脱ぎ始めた。
「おやっさんの命令に背く事は本意じゃねえが、俺は根っからの極道。千人殺しのマサと呼ばれた男よ。優也の作戦を邪魔するつもりはねえが、同意もできねえ」
「永岡さん? どこへ行くつもりなの?」
「木下さん。協力をしようとしてくれたのには礼を言うが、やっぱり堅気のあんたに迷惑はかけられねえ。てめえの尻拭いはてめえでやるのが、極道の掟なもんでね。一人で潜ってみせらあ」
「待って、さっきはよしなに頼むと言ってくれたじゃない。それに本当に困ってるの、永岡さんがいてくれないと」
「だからって、まさかこんなコンビニに連れてこられるとは思ってなかったからなあ。冗談じゃねえ、極道の俺がこんな所にいられるか」
「え……」
「こんな、誰にでもできるような低次元の仕事なんぞ、やってられるかよ」
そう言って、正臣が脱いだユニフォームを床に投げ捨てようとしたその時だった。ふいに、目の前の乙女の雰囲気ががらりと変わったのは。それはまるで、百戦錬磨の手練れのヒットマンが突然目の前に現れたかのような緊張感にも似ていて、正臣は思わず片足を前に出して身構えた。
「おい、何だよその顔は」
正臣がついそう言ってしまうほど、さっきまで穏やかで優しかった乙女の顔には怒りの色が張り付いていた。
「誰にでもできる、低次元の仕事ですって……?」
そして、とても低い声を出しながら、正臣に臆せずにらみつけた。
「永岡さん。あなた、大きな勘違いをしているわ」
「あ?」
「どんな根拠を持って、コンビニの仕事が低次元だなんて言えるの? コンビニ店員ほど、優秀な人材はそうそういないのよ……」
証拠を見せてあげるわ。最後にそう言い切って、乙女は再び正臣の腕を掴んだ。その際、正臣が床に投げ捨てようとしたユニフォームをしっかりつかんで、再び彼に押し付ける。
「少なくとも、極道しか知らない永岡さんよりはよっぽど素晴らしい人達だわ。疑うなら、しっかりその目に焼き付けなさい」
「ぐっ……」
乙女の堅気らしからぬ怒気に押されて、情けないながらも正臣は何も言い返せず、ただ彼女に引っ張られてついていくしかなかった。
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