第14話

それから、少しの時間をかけて優也が分かりやすく正臣に説明した話は以下の通りだ。


 まず、この木下乙女という中年女性はまぎれもなく堅気の人間だという事。その乙女と今は亡き彼女の夫が、孝蔵とは小学校時代からの幼なじみであり、孝蔵が相良組の組長になってからも怖れる事なくずっと親しく付き合ってくれていた事。数年前に乙女の夫が亡くなった時も、孝蔵は大きな額の香典を惜しむ事なく手渡し、竹馬の友の遺影に誓ったのだという。


「これからもお互い何かと困った事があったら、遠慮なく言い合い、助け合おうぜってな。でもその約束を、まさか俺の方から先にやらかす事になるとは思ってもみなかったぜ。そんなつもり、これっぽっちもなかったからよ」


 正臣に視線を向けながらそう言うと、孝蔵は決まりが悪そうに苦笑いを浮かべる。そんな孝蔵に、乙女はそれこそ心外と言わんばかりに「まあ!」と頬を膨らませた。


「やっぱり、あの人が生前言ってた通りだった。『例えヤクザの親分さんになってなかったとしても、ガキの頃から頑固で意地っ張りな孝蔵の事だ。どんだけ大変な目に遭っても、絶対俺達に愚痴や泣き言なんか言ってこねえに決まってるから、しっかり見定めてやらねえとな』って言ってたんだから!」

「ちっ、あの野郎……」

「コウちゃん。確かに最初に私にお願いしてきたのは優也君だったけど、こうして顔を出してきてくれたって事は、少なからずコウちゃんも賛成してくれてるって事なんでしょ? 私の事なら心配しないでいいから、どんと任せてちょうだい!」

「いや。でもやっぱり、堅気の乙女ちゃんに渡世の迷惑をかける訳にゃ……」

「大丈夫だから!」


 乙女は孝蔵へと向けていた強い瞳を、今度はくるりと正臣に向ける。ふいに、という事もあったが、そのとても堅気とは思えない意思の強すぎる眼差しに正臣は思わずごくりと生唾を飲んだ。


 おやっさんが躊躇するのも分かるぜ。このオバハンの気迫、俺達極道とはまた違った形をした相当な数の修羅場をくぐり抜けてきたんだろう。硝煙と血生臭さ充満している抗争の場に残る異様な雰囲気に近いものがビシバシと伝わってくるってもんだ。だが、しょせんは堅気さん。おやっさんの言う通り、迷惑をかけちゃいけねえ。


「おやっさん、そしてオバハ……いや、木下さん。どうか心配しないで下さい」


 正臣はぐっと頭を下げて、孝蔵と乙女の会話を遮った。


「おやっさんや優也が何かしてくれようというのは分かりましたが、俺なんぞの不始末の為に、相良組はもちろんの事ですが、堅気さんまで巻き込むのは確かに筋も仁義も通っちゃいません。俺の事なら心配しないで下さい、いくつか心当たりもありますので一人で何年でも潜ってみせます。それでは……」


 これでいい。後は何とかうまい事、萩野組のカシラの首を獲って、予定通りどこぞの警察署で散る事ができれば。腹巻きはなくなってしまったから、どこぞの売人にでも声をかけて手持ちの金で買えるだけの拳銃チャカを手に入れれば……。そんな物騒な事を考えながら、正臣が三人に背を向けた瞬間だった。

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