第12話

「……もう~、本当に久しぶりよねえコウちゃん。うちの旦那のお葬式の時以来だったかしら?」

「すまねえな、すっかりご無沙汰になっちまって。なんせ俺らみたいなのがうろついてると、困るのはそっちだからよ」

「何言ってるの、私とコウちゃんの仲じゃない。気にしないわよ~」

「もうお前だけだぜ、こんなふうに気さくに俺と話をしてくれる奴はよ」

「やだ、寂しい事言っちゃって。優也君だって、すっかり立派になってるじゃない」


 正臣は少し……いや、だいぶ混乱していた。


 潜り先に連れていくというものだから、どこの組の奥座敷に連れていかれるのかと思っていたが、三人を乗せた黒塗りのベンツが到着したのは、何の変哲もない一軒の喫茶店。どうやら事前に貸し切っていた様子で、自分達以外に客の姿が見当たらないなと店内を見渡していたら、間もなくその店に入ってきたのは、これまたどこにでもいそうな風貌の中年女性だったのだ。


 ふっくらと丸みを帯びた体格に乗っている輪郭も少々下膨れではあるが、穏やかな表情がよく似合っている話し好きのおばちゃんといった感じだ。まあ、おやっさんが貸し切っている以上、堅気さんにはちょいとご遠慮いただこうかと、正臣はその中年女性の前にずいっと立ち塞がった。


 だが。


「おう、オバハン。悪いがちょっとの時間、この店は貸し切りなんだ。おやっさんの邪魔になるから、早いとこ別の店へ……」

「コウちゃん、久しぶり~! 連絡ありがとう~!」


 正臣の声など全く耳にも入らない様子で、中年女性は正臣を思いきり突き飛ばし、孝蔵の元へと駆け寄っていったではないか。これには、百戦錬磨の実力を持つ正臣も驚きを隠せないまま、床に腰を打ち付けた。


 あ、ありえねえ……! 千人殺しのマサと呼ばれたこの俺が、油断していたとはいえ、こんな堅気のオバハンに突き飛ばされただと!? しかも避ける隙も一切なく、あっさりおやっさんの懐に入り込まれた……!

 

 もしかしたら、萩野組がよこしてきた新手の鉄砲玉なのか!? 孝蔵や優也に言われたからといって、武器の一つも持ってこなかった事は間違いだった。女相手にあまり気は進まねえが、こうなったらステゴロで仕留めるしか……!


「おやっさんから離れろや、オバハン! おやっさんのタマ取ろうなんざ、この千人殺しのマサが許さ……」

「優也君もすっかり大きくなっちゃって。ほんのちょっと前まで、こんなだったのに~」


 ……が、やはり中年女性は全く聞く耳もたずとばかりに孝蔵や優也と会話をしながら、空いている左手でかつての優也の身長を指すように宙へと浮かす。その際、彼女の左手の甲が正臣の顔面に直撃。正臣は再び床に腰を落とす羽目になった。


「なっ……このオバハン!」

「ダメだって、兄さん。あれで天然全開なんだから、乙女おとめおばさんには勝てっこないよ?」


 憤り、大人げなく中年女性に掴みかかろうとした正臣を優也が止める。そこで彼女はようやく正臣の存在に気が付いたようで、きょとんと小首をかしげながら「あら、こんにちは♪」と明るく挨拶をした。

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