第11話

「おやっさんの親心を汲み取れなかったばかりか、噛みつくような真似をしちまった……すみません、本当にすみませんっしたぁ!」

「頭上げろ、正臣。俺だって、優也がいなかったらここまで考えてやれなかったんだからよ」


 ふっと小さく笑って、孝蔵は正臣を立たせる。正臣の目からは涙が、鼻からはだらだらと鼻水がみっともないくらいに出ていた。


「おいおい、千人殺しのマサとも呼ばれた奴が情けねえ面してんじゃねえぞ」

「す、すみませんっ。おやっさんや優也の心遣いに泣けちまって、つい……」

「安心するのはまだ早い。まずは優也の話を、その空っぽの頭にしっかり叩き付けろ」

「う、うす!」


 ごしごしと乱暴に自分の顔を拭って、正臣は優也を振り返る。優也はこくりと頷いて、「今度はもっと分かりやすく話すからね」と言ってくれた。






 優也が考えた計画はこうだ。


 まず、もうじき警察がやってくるだろうが、相良組は正臣を適当な理由で事件前に破門していた事にする。だから、破門した後で正臣が何をしでかしていようが一切関係ない。当然、事件後に正臣がどこへ行方をくらましたかすら、知る由もないという旨を貫き通す。これが第一段階だ。


 次にこれから数日の間に、相良組はいくつかの組織に分割し、各々で一般の会社を立ち上げていくように見せかける。孝蔵は隠居し、優也も一般企業に就活中という体を警察に見せ続ける――いわゆる、相良組解散を偽装する計画だ。この第二段階の時点で納得いかない組員もいるだろうが、そこはうまく説得してみせるから心配しないでと優也に言われて、正臣は開きかけた口を閉ざすしかなかった。


「そして、第三段階。ここが今回の計画の肝なんだ。おまけに最難関と来てるけど、ここで兄さんに頑張ってもらわなきゃダメなんだ。大丈夫?」


 少し心配そうに窺ってくる優也に、正臣はぐんと胸を張って「おお!」と低い声で答えた。


「ついちょっと前まで、かけ算の七の段がなかなか覚えられなくて泣きベソかいてた弟分が、俺の為にきっちりを書いてくれたんだ。何の文句もなく、務めさせてもらうぜ」

「いったい、いつの頃の話をしてるんだか……とにかく、兄さんには父さんの知り合いの所に潜ってもらうよ? そこでほとぼりが冷めるまで待っててもらう事になるんだけど、本当に大丈夫?」

「大丈夫に決まってるだろ? で、どこの叔父貴さんの組なんだ?」


 孝蔵と兄弟分の杯を交わした極道の中の極道。そのうちの何人かの顔を頭の中で思い浮かべる正臣だったが、そんな彼を見て、孝蔵も優也もゆっくりと苦笑いを浮かべるしかなかった。


「あ~、いや……そういうのとは、ちょっと違うっていうか」

「おい優也、話すより見せた方が早え。時間もねえ事だし、正臣を今すぐそこへ連れていくぞ」


 目を泳がせ、歯切れの悪い物言いをする親子二人に、正臣は小首をかしげながらも、そのまま用意された黒塗りのベンツにおとなしく乗り込んだ。これよりわずか小一時間後、ひたすら後悔する事になるとも知らずに。

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