第10話

「数年前に暴対法が改正された事は、兄さんだって知ってるだろ? そのおかげで、ヤクザ全体が組織そのものを保ちにくくなってきてる。かつての父さんや今の兄さんのやり方じゃ、警察に手柄を挙げさせる事にはなっても、組の皆を養っていく事はできないんだよ」

「何、イモを引いてんだ優也! 警察サツが怖くて、極道やってられるか!」

「兄さんの極道への誇りは、僕も父さん同様に認めてる。でも、今の極道はもうそこら辺の中小企業と大して差はないんだよ! 組の皆を守る為にも、今はやり方を変えていかなきゃ!」

「やり方を変える? どうやってだ?」

「フロント企業を立ち上げるんだ。その準備の為に、僕は就活してるんだよ」


 そう言うと、優也は一度正臣に背を向けて、孝蔵が最初に腰を下ろしていた机へと向かう。そしてその引き出しから、何枚かの書類を取り出すと、正臣にもはっきり見えるように大きく机の上へと広げてみせた。


「父さんも相良組の為ならって、とりあえずは賛成してくれてる。まずは小さな建設会社から始めようって思ってるんだ。幸い、うちには力自慢の組員も多いし、よかったら兄さんも」

「……おい。中学中退の俺にも、もう少し分かりやすく説明しろや」


 優也が取り出してきたのは、様々な業種の企業計画書である。建設業、不動産業、金融業、小売業や水商売系、果てには芸能プロダクションまでと幅広い業種を立ち上げる旨の書類が正臣の目のいっぱいに広がるが、抗争と取り引きと賭け事ばかりに身を置きすぎてきた彼にそんな小難しい事が理解できようはずもない。そんな正臣の言葉に孝蔵が思わず吹き出しそうになったが、そんな父親を「父さん!」と小さな声でたしなめてから、優也がさらに言った。


「萩野組との手打ちは、向こうの新しいカシラさんとおいおいやるとして……今は、兄さんの事も相良組全体の事も警察から守り切る事を優先しなくちゃ。だから父さんは、手始めに兄さんを破門にする事にしたんだ。ほら、破門状をよく見て?」

「えっ……」


 優也の視線につられるようにして、正臣は机の上の破門状に再び目をやる。確かによく見てみれば、その破門状には孝蔵直筆の黒字破門の文面が綴られていて……。


「釈迦に説法かもしれないけど」


 優也がふわりと微笑んだ。


「黒字破門は復縁の余地ありの場合にのみ出されるんでしょ? だから父さんは、兄さんを見捨てる訳じゃないんだよ? むしろ、兄さんを警察の目から逃がして、どこかに潜らせる為に」

「お、おやっさん……! 大変失礼致しましたぁ!!」


 優也が言い切るよりずっと早く、正臣は孝蔵の足元で土下座した。

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