第7話

「そういうところなんだよ、正臣。お前のそういうところが、一番危なっかしいんだ」


 孝蔵はそう言うと、革張りの椅子からその大きく太い体を立ち上がらせ、ゆっくりと正臣の近くまでやってきた。長年の条件反射で正臣はまず両足を少し開き、その次は素早く両膝を折って前屈みになるように腰を落とすが、孝蔵は正臣のそんな様を指差して、「だから、そういうところだ」と説教を始めた。


「正臣。お前の極道としての心がけや働きを、俺は一度たりとも忘れた事はねえ。俺だってお前の事は、実の息子同然に思ってきてんだぜ?」

「お、おやっさん……!」

「だがな、いくら何でも今回はやり過ぎだ、このバカが! テレビ観てねえのか!?」


 孝蔵は手に持っていたリモコンを組長室の奥に置いてある大型テレビに向けて、そのスイッチを入れる。ブンッと鈍い起動音を立ててテレビ画面が瞬時に映し出したのは、何年か前にうっかりマスコミへと流してしまった厳つい表情を見せている正臣の顔写真だった。


『……こちらが現場です。先日、反社会勢力組織・萩野組の事務所三つを襲撃し、計三十七名に重傷を負わせたのは、多数の目撃情報や被害者からの証言により、萩野組と敵対関係にあると思われる同じく反社会勢力組織・相良組の若頭、永岡正臣三十三歳と断定。警察は数百人を動員して、永岡の行方を追っています……』


 意気揚々と話している若くて美人なリポーターと、メチャクチャになっている萩野組の事務所の外観が一緒に映し出され、正臣は思わず吹き出す。掃き溜めに鶴とは、昔の偉いお人はよく言ったものだ。しかし……。


「……ん? おいおい。被害者からの証言って……まさか萩野組の連中!」

「そのまさかよ。せめてもの仕返しのつもりか知らねえが、警察サツにタレこみやがった」

「おいおい、萩野組の名も地に落ちたなあ。手打ちにしたいってんなら、ちょっとは話を聞いてやったのに」


 まさか一番の天敵である警察連中に助けを求めるとは、極道の風上にも置けねえ連中ばかり従えてるじゃねえか。確かつい最近、萩野組はカシラが代替わりしたって風の噂で聞いたが、ここまで弱腰だと奴らの先も見えたものだな。


「おやっさん、心配しないで下さい」


 前屈みのまま、正臣は言った。


「破門の理由を聞かせてもらったら、その足で萩野組本家に一人でカチコミをかけ、そこのカシラの首を獲ってきます。そして、そのまま奴の首を持って警察サツへと出向き、特製のダイナマイト腹巻きで国家権力の犬どもと一緒に」

「その特製の腹巻きってのは、あれの事か?」


 孝蔵の視線はすでにテレビではなく、その横に飾られてある大きな水槽へと向けられている。そこには孝蔵が手塩にかけて育てている少々グロテスクな深海魚がいるのだが、彼らがゆったりとその身を落ち着かせる為に使っている物が目に入った時、正臣の口から絞り出されたかのようなすっとんきょうな悲鳴が飛び出してきた。


「ひぃやあああ! 俺の、俺の自慢のダイナマイト腹巻きが、お魚ちゃんの寝床に~~~~~!?」

「おう。お前が帰ってくるまでに洗濯して、火薬もばっちり抜いた上で使わせてもらってる。皆、存外気持ちよさそうだから安心しろい」


 しれっとした口調でそう言い、しまいにはカラカラと笑い出す孝蔵。水槽の底で重く沈んでしまっている腹巻きと、その隙間の中に入って心地よさそうにしている深海魚達をうっすらと涙が浮かぶ両目で凝視しながら、正臣は震える声で言った。


「誰の差し金ですか、おやっさん……」

「あ? 何がだ?」

「お、俺は! 今回に限らず、いつもカチコミの際には毎回新品の腹巻きを手縫いで作ってるんですよ! ゲン担ぎって事もありますが、万が一ヘタを打った際の為にと思って……そんな俺の大事な腹巻きを、おやっさんがこんなふうに扱うとは思えねえ! 誰に言われてこんなアホな真似を」

「……僕だよ、兄さん」


 その時だった。組長室のドアがゆっくりと開いて、その向こう側から柔和な物言いの男の声が聞こえてきたのは。正臣はばっとそちらを振り返り、組長室の中へと入ってきた男の顔をじろりとにらみつけた。

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