第6話

「お前は破門だ、正臣」


 意気揚々と相良組本部・組長室に戻ってきた正臣に向かって孝蔵が告げたのは、そんな露ほども想像していなかった言葉だった。正臣は呆気に取られながらも、頭の中でその三文字の言葉を何度も何度も繰り返し続ける。


 破門……? おやっさんは今、俺に破門って言ったのか?


 そりゃあ、毎年春頃になったら中途半端な不良崩れや半グレのガキどもが組に入りたいだの傘下に入れてくれだのと、軽いバイト感覚でうちの門を叩いてくるが、どいつもこいつも一年ともちやしねえ。そんな役立たずな連中なのに、おやっさんはわざわざ自分から出張って引導を渡してやるんだ。直筆の赤字破門を掲げて「お前は破門だ」と。


 それが自分に巡ってきたのかと思った瞬間、正臣は大きな机を挟んで豪華な革張りの椅子に座っている孝蔵に向かって、思わず大きな声をあげてしまった。


「何でですか、おやっさん!? 俺は……俺は相良組の危機を排除し、おやっさんの命をお守りしたっていうのに!!」


 バンッと両手を机に叩き付けて声を荒げるが、半世紀近くに渡って数多の修羅場をくぐり抜けてきた孝蔵の貫禄然とした大きく太い体を震わせる事など到底できない。むしろ猛獣のごとく鋭い目つきでにらみ返され、正臣の方が逆にたじろいでしまった。


 うっ……と声を詰まらせ、思わず孝蔵から顔を背けた正臣の視界の先、その机の上にはA4サイズの紙が一枚伏せるように置かれてあった。まさか、これは破門状!? 正臣は血の気が引く思いだった。自分の極道人生に、こんな物を突きつけられる日が来ようだなんて……。


「理由を、せめて理由を聞かせてやってくれませんか……?」


 組の長である孝蔵の命令は絶対だ。例え自分がどれほど相良組の為に貢献していようとも、孝蔵の鶴の一声でそんなものは瞬く間に水泡と化す。だが、そんな自分を破門と決めたからにはそれなりの理由があるはずだ。納得はできないかもしれないが、おやっさんの決定なら甘んじて受けようと、正臣は固く両目を閉じた。


「おやっさん……。俺はおやっさんの事は、本当の親父同然に思ってきました。十三の年で両親に死なれ、親戚中たらい回しにされた挙げ句に放り出されちまった俺を、おやっさんが拾ってくれてなけりゃあ、今の俺はないんです。この世の何よりも尊敬しているおやっさんの命令なら受けますが、せめて破門の理由を聞かせてやって下さい。そしたら後は、組に迷惑をかけないよう、華々しく散ってみせますんで……!」


 覚悟なら、とうの昔にできている。極道の道に生きると決めた以上、堅気のような真っ当な人生など微塵も望んでいない。男、永岡正臣。「千人殺しのマサ」の異名にふさわしい散り様を見せてやろう。そう思っていたら、目の前の孝蔵から思いっきり深いため息の音が漏れた。

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