第4話
「え? な、何ですか……?」
「この粉、どこの国のもんだい?」
「どこって……国産の一級品ですけど」
青年は即座に、素直にそう答えた。本当にいい買い物をしたと思う。だから早く手続きを済ませて、店まで運んでほしい。オーナーに見て、喜んでもらいたい。純粋にそれだけしか考えていなかったが、目の前の従業員はぶるぶると小刻みに全身を震わせた後、青年の両肩をがっちりと掴んで叫んだ。
「国産!? 国産って言ったか、兄ちゃん!?」
「えっ!? は、はいぃっ!」
「おいおいおい、ふざけてんじゃねえぞ! いったいいつからこの狭い日本で、そんな大胆な栽培方法ができるようになったってんだ!? 個人宅のベランダや風呂場でハッパ育てるのが関の山じゃなかったのか!? くそう、俺とした事がすっかり出遅れちまった!!」
「あ、あの……!?」
「おい、兄ちゃん‼ 言い値で融通利かせてやるから、その極秘ルートを俺にも教えろ!! それでうちの組に儲けが出たら、俺がおやっさんに口添えしてお前をどんどん出世させてやる。下手は打たせねえから、安心しろ」
な、な、何を言ってるんだ、この人。何で小麦粉でこんなに興奮してるんだ!? あ、もしかして実はこの人もパティシエ志望だったりするとか? いやいやいや、こんな厳つい見た目のパティシエなんているはずないし! 何なんだよ、本当に。怖いって~~~~!
青年のキャパシティが限界に近付いていく。いい年してみっともないとは思うが、そろそろ本気で泣けてしまいそうだ。もう本当に勘弁してくれと、青年がぎゅうっと両目を閉じたその時だった。
「……何やってんのよ、マサ~~~~!」
ソプラノの声でそんな怒号が聞こえてきたかと思ったら、次の瞬間、厳つい従業員はその声の持ち主によるハイキックでレジの端まで蹴り飛ばされていた。「ぐはあっ!」という従業員の短い悲鳴は蹴り飛ばされた彼の体から置いてきぼりにされ、すさまじい瞬間に呆然となってしまった青年の耳元に残る。
そんな青年の前に「いらっしゃいませ!」と改めて立ったのは、高校生と思しき年頃のかわいらしい女の子だった。二重の目元に小さな鼻、くっきりとした口元はまさに美少女と言わんばかりの造形だが、たった今、この子があの厳つい人を蹴り飛ばしたんだよな……と、青年はつくづく思った。
「ご確認させていただきます。こちら、中身は小麦粉でよろしいですか?」
ダンボールの側面にしっかりと小麦粉と記載されている事を確認してから、女の子はにこりと微笑む。青年は小さく頷くくらいしかできなかった。
青年が退店した後、女の子はレジの端で小さく正座している従業員の男を、先ほどとは全く違う怖い目つきで見下ろした。
「マサ、前にも言ったけどね……ここはあのクソ親父の事務所でもなければ、抗争の生現場でもないの。普通の、ごくごく平凡なコンビニなの! いい加減慣れてもらわないと困るんだけど!?」
「す、すいやせんお嬢! かくなる上はこのマサ、
「だから、それをやめろって言ってんの!!」
女の子の小さなこぶしが、男の脳天にクリティカルヒットする。男は再び「ぐはあっ!」と叫んで、レジの中に沈んだ。
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