第101話

直樹へ。


 少なくとも、あなたがこの手紙を読んでいる頃は、おじいちゃん――いいえ、勝君も私の事は忘れていると思います。直樹の他に、勝君だけは覚えていてほしいなって思った事もあったけど、たぶん決して叶わないでしょう。


 でもね、それは当然の事だから。私は本来、この世界にいるべき存在じゃない。だから、あの訳の分からない大きな力は容赦なく勝君の、そして直樹の記憶も消しにかかると思うし、むしろ私はそうなってほしいと願ってる。


 だって、直樹がこの手紙を読んでいるって事は、きっと私が直樹を助けた後だと確信してるから。これを読んでいる直樹は、きっと美大に受かって、自分の夢に向かってたくさんの絵を描いて、たくさんの人達を感動させているんだから。


 その為に、私は最後の瞬間の時も、この言葉を言います。「また明日ね」って。






 直樹の大事な人へ。


 あなたが直樹とどういう関わりを持っている人なのか、残念ながら今の私には知る由がありません。でも、きっと直樹の中ではとても大事な人である事に違いはないでしょうから、どうしても聞いてほしいお願い事があります。


 先にも書きましたが、きっとこの手紙を読んでいる頃の直樹は私の事を忘れているでしょう。なので、どうか私の事を思い出させるような行為は控えていただけないでしょうか? 


 おそらく今頃、私はもうどこの世界にも存在していないでしょう。そんな私の事を、いつまでも覚えてもらっているのは、直樹にとってひどく残酷な事だと思うんです。


 私はほんの一瞬だけでしたが、直樹と気持ちが通じ合ったあの時の思い出が胸の中にあるだけで、もう充分幸せです。後は直樹の美大受験の日まで、この身がもってくれる事を祈るばかり。


 直樹の大事な人へ。私、こう見えて結構頑張りましたからね。次のバトンはあなたに託します。


 どうか、直樹をよろしくお願いします。

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