第99話

事故があった花火大会の日付は、おじいちゃんから聞いていたので八月二十八日だとは知っていました。でも、さすがに場所までは教えてもらってなかったから、先回りしておじいちゃんを止めるという最善策を使えなかった私は、この日が近づくたびに焦りが募っていきました。


 しかもこの日、私はおじいちゃんに呼び出されていました。何の用だったのかは知りません。でも、気が付けば、その日の私は何故か城跡公園の入り口の前に突っ立っていたんです。


 怖くて、仕方なかった事を覚えています。何か、嫌な事を思い出してしまいそうで。早くおじいちゃんの所に行かなくちゃと頭で何度も考えているのに、足がすくんで動けなかった。彼がそこに現れてくれるまで。


 すうっと、心の中を占めようとしていた恐怖が青空みたいに澄んで消えていくのを感じたと同時に、私ははっきりと彼に恋をしている事に気付きました。かつておじいちゃんにそうしたように、彼にも私の話をたくさんしました。少しでも私の事を知ってもらいたいと浮かれていたんです。


 そんなふうに浮かれていたから、ほんの一時いっときだったとはいえ、この日がおじいちゃんの運命の日だって事を忘れていた自分を心の中で責めました。急がなきゃ、おじいちゃんを助けなきゃ……そう思って走り出そうとした時でした。


 まだ夕方になっていないのに、あの訳の分からない大きな力がのしかかってきたのを感じたんです。体も意識も引っ張られ、ぶるぶると震えて立っていられない。ついさっきまで彼と話していた時は、そんな事なかったのに……。


 そう考えた瞬間、まさかと思ってしまったんです。今の私は、彼の・・いる所にしか存在できないんじゃないかって・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 そんな事あるはずないとバカな考えを振り払いつつ、せめてもの思いでおじいちゃんに連絡しました。「花火大会には行かないで、絶対に行かないで」と。


 体を張って止めた訳じゃなかったから、こんな方法では不安しか残りませんでした。でも、あの訳の分からない大きな力は、私がおじいちゃんに連絡を済ませたのを見計らったかのように、ますますその勢いを増していきました。


 本当に苦しかったし、あの時彼をごまかしきれたのは奇跡に近いラッキーだったと今でも思います。だって、彼が私を町役場の人達に託してこっちに背中を向けたその瞬間、私の意識は急激に闇の中へと引きずり込まれていき……次に視界が開けた時には、私はふわふわとした頼りない状態で宙に浮いていた上、ベッドの中で横たわっている自分の姿を見下ろしていたんですから。


 本来あるべき自分の元へ帰ってきた・・・・・・・・・・・・・・・・、そう理解するまで時間はかかりませんでした。全身包帯まみれで、いろんな管に繋がれていて、呼吸器まで咥えさせられている。ベッドの横に置かれている心電図のモニターは何だか弱々しい波形を波打たせているし、これで「ああ、そういう事だったのか」と分からないはずないですから。


 全て、合点がいきました。おじいちゃんや彼の前にいるのは、私であって実は私じゃない。私の心だけが、死にかけの私の体から抜け出て、七十年前の世界に飛んでいたんだろうと。


 ショックじゃなかったって言えば、嘘です。もちろん、そういうつもりであの城跡公園から飛び降りた訳だから、納得できた部分だってあります。でも、それでも……少なくとも、私は彼と結ばれる事はない。この先、う転んでもそれだけは絶対にありえないんだ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・と分かって、悲しくて仕方なかった。


 どうして、もっと早く生まれてくる事ができなかったんだろう。もっと早く、七十年早くこの世界に生まれてくる事ができていれば、違った形にはなるけれどおじいちゃんともっと一緒にいられたのに。彼にだって、自分の気持ちを真っ先に打ち明ける事ができたのに。


 誰なんだろう、私にこんなひどい仕打ちをしたのは。神様? それとも悪魔? 罰当たりな事をしたから、そのお仕置きだとでも? どうして、どうしてと、答えの出ない悩みに苦しみました。

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