第97話
でも、次に気が付いた時、私は自分がかすり傷一つないまま、無事でいる事にとてもがっかりしました。
それなりに覚悟を決めて、目を閉じたのに。嫌な世界から出ていく事すらできないんだと絶望しました。
せめて、遠目からでもおじいちゃんに最後のあいさつをと思い、体を起こして元来た道を戻りました。どうせ途中で父に見つかって、こっぴどく叱られながら腕を掴まれるんだろうなって半分あきらめつつ……。でもいつまで経っても、父とはおろか、見知った人ともすれ違う事はありませんでした。
どうしたんだろう? 何だか変な気分でした。ひと月近くもその田舎町で過ごして、すっかり覚えてしまった道を歩いているはずなのに、何故か初めて見る道をびくびくしながら歩いているような感じが拭えなかったんです。
そうして、ようやくおじいちゃんの家に戻ってこられた時、私はその違和感の正体にようやく気付く事ができました。
私が知っているおじいちゃんの家は築何十年ととても古く、壁のあちこちにヒビがいくつもありました。葬儀の手伝いに来ていた誰かが「葬式が終わったら、この家を取り壊さなきゃいけないだろうね」とつぶやいていたのも覚えています。でも、その時、私の目の前に広がっていたのは、周りは農業の道具でいっぱいだけれど、まだまだ新築の部類に入ると言っても大げさじゃないほど、きれいな佇まいの家でした。
そして、その家の中から出てきた私と同い年くらいの男の子を見て、本当に驚いたんです。おじいちゃんにそっくりの面影を持っていて、しかもお母さんらしき人からおじいちゃんと同じ名前で呼ばれていたんだから。
何が何だか分からなくなって、いったんその場から離れました。そして、少し離れた場所でたまたま落ちていた新聞紙を拾い上げ、その日付を見て漠然と分かったんです。自分が、七十年前の世界に来ているって事に――。
信じられないでしょ? 私だって、あの時は信じられなかった。そんな事あるはずないって。
でも、何度新聞を確認しても日付は七十年前だし、あの家には元気に動いているおじいちゃんそっくりの男の子がいる。
あの子はおじいちゃんなんだって、とても嬉しくなりました。まだ事故に遭っていない頃のおじいちゃんなんだって。そう分かったら、ふとこう考えたんです。過去を変える事はできないものかって。
おじいちゃんの夢は自分の手でバリバリ働いて、農業を発展させる事だった。おじいちゃんの親友の夢だって、叶えばもっとたくさんの人を感動させてあげられるんだ。二人が何事もなく、無事に生き続ける事ができたなら、どれだけ素敵な未来が待っていたんだろうって。
どうしてこんな事態になったのかは分からないけど、これは私にしかできない事なんだって思いました。私にとって大切な二人をひどい運命から守る。もしかしたら、私はこの為に生まれてきたのかもしれないなんて思ったくらいです。
そんな変な使命感に捉われていたばかりに、私が自分のその状態の深刻さに気付いたのは、だいぶ後になっての事でした。
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