第94話

私について話します。


 何て言えば一番分かりやすいんだろう……。とにかく、私は直樹やあなた達が生きている世界とは、全く別の場所からやってきました。


 私が生まれた家は、祖母の代から学者の家系でした。特に祖母はその界隈で知らない人はいないくらい有名な歴史学者です。そんな祖母の大きな背中を見て育った私の父は、孫である私にも常日頃から立派な学者になれと口酸っぱく言ってきました。


 でも、私にはそれがたまらなく窮屈で仕方なかった。父はよく「名付け親にもなってくれたおばあちゃんを見習え」とも言っていたけど、物心付く前に死んでしまったおばあちゃんを尊敬する気にはなれなかったし、何より難しい勉強は苦手だったから。


 勉強より、私は絵を見たり描いたりする事が好きでした。まあ、直樹に比べたら下手の横好きだったけど、両親の目を盗んではいつもこっそり落書きに近い絵を描いたり、お小遣いをためて美術館に行ったりしてたんです。


 でも、そんなコソコソした行動はいつかはバレるもので、それまで描き溜めていた絵を父に見つかってしまいました。高校三年の一学期の事です。


 父はずいぶんと怒り心頭で、私から絵や道具を取り上げると、次の夏休みにとある田舎町に連れていくと言い出しました。祖母が若い頃、とても感銘を受けた城跡を見せてやる。そこで自分達がいかに素晴らしい事をしているか教えてやると。


 正直、大きなお世話だと思いました。どうして全く興味のない事を無理矢理やらせようとするのか。そんなにおばあちゃんの名誉を引き継ぐ事が大事なのかと、悔しくてたまらなかった。けど逆らう事もできず、この年の夏休みに私はその田舎町に連れていかれ……ある人との出会いを果たしました。






 私はその人を、「おじいちゃん」と呼びました。実際八十八歳だったし、結構白髪まみれだったから。


 おじいちゃんはその田舎町で一人暮らしでした。結婚もせずにずっと独身で、どうしてかと尋ねたら、「こんな体の男の下にわざわざ嫁いでくる物好きはそういないよ」と苦笑いを浮かべていたのを覚えています。


 おじいちゃんは足が不自由で、いつも車椅子に乗っていました。何でも、十八歳の時に花火大会の事故に巻き込まれ、不発となった花火玉が体に直撃したとかで……そのせいで、夢だった農業の仕事もできなくなったと言っていました。


 でも、おじいちゃんはそれまで培ってきたノウハウを活かして、若い人達に農業の素晴らしさをたくさん話していました。そんなおじいちゃんは足が不自由だなんて思えないほどすごく生き生きしていて、自分のやりたかった事を違う形で叶えているおじいちゃんの事を、私はすぐに大好きになりました。


 その田舎町に滞在している間、私はおじいちゃんの家に入り浸り、たくさん話をしました。自分の家の事、おばあちゃんの事、父の事、そして絵が大好きな事。とにかくたくさん話をしました。


 そんな事が続いたある日の事でした。珍しくおじいちゃんが「一緒に出かけないか」と言ってきたんです。当然だけど、私は二つ返事でOKしました。

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